不審な手紙
―自室 夕方―
リアムが忽然と姿を消して、一週間が経った。学校に行っても、彼が現れることはない。しつこく絡んでくることもない。状況が状況でなければ、素直に喜べたのだが。
(う~ん……参ったなぁ。もう。探しに行った方がいいのかな? でも、嫌だなぁ。場所も、あそこにいる人も全部が嫌だ)
嫌な気しか漂っていないあの場所に、また足を運ばねばならないのだと思うと体が重かった。しかも、僕一人。遠くから見ている人はいるけれど、こういう時は都合良く使命を全うしてくれるから。
(失っていた記憶だけじゃない。僕じゃない人の記憶まで蘇ってしまった。かろうじて、意識を保つことはけれど、またあんな目に遭ったら自信がないよ)
蘇った記憶は、まだ整理し切れていない。そんな中で、下手に行動するのも危険だと思った。あの状態になると、行動不能に陥ってしまうから。
「はぁ……」
「――ため息ついてっと、不幸になるぜ? 悩みがあるなら、相談に乗ってやらんこともねぇ。ただし、有料だがな」
「んえ!?」
背後から聞き覚えのある、不快な声が聞こえた。でも、その人物はいるはずがない。いや、いてはいけない。
ところが、振り向くとそこに奴はいた。国で、僕に成り代わっているゴンザレスが。窓枠に腰かけて、平然と。そして、その隣には気まずそうに俯く小鳥もいた。
「間抜けな声だな。おひさ~、小鳥もおるぞ」
混乱する僕を見て楽しむかのように、ゴンザレスは笑う。
「そんなことは見れば分かる! どうして、ここにいるんだ! 王としての務めを果たしているはずのお前が!」
「瞬間移動で来た。小鳥も俺が連れてきた」
「そういうことを言ってるんじゃないっ! 忙しいんじゃなかったのか!? 忙しいから、父上が――」
「俺が、わざわざ来る羽目になったのはそれだよ。それ」
ゴンザレスの顔から、薄ら笑いが消える。
「……は?」
すると、隣で俯いていた小鳥が意を決したように口を開く。
「颯様が戻られないのです。颯様が使った移動手段であれば、数日前には、我が国に戻っておられるはずだったのですが……音沙汰なく。加えて、ゴンザレス様の元に奇妙な手紙が届きました。巽様もご覧下さい」
(え? なんで? え? え? 父上が? だって、父上が物騒なことに巻き込まれるはずがない。あの時に見送った背中だって逞しかった。冗談だろ? 何かの間違いだろ?)
彼女は不自然に千切られた手紙を取り出して、僕の前に差し出す。それを受け取り、中を見てみるとそこには衝撃の内容が記してあった。
『アスガード村の教会にて待つ。私は、必ずそこにいる。私は何でも知っているぞ』
達筆な日本語だ。それなりに、書き慣れていなければ出来ない崩し方もしてある。加えて、意味深な言葉を添えている。捉え方によっては、脅迫に感じられた。
「メールとか電話だったら、間違いかなぁって思えるんだけど。残念ながら、手紙で送り主とこっちの住所もきっちり書いてあったもんでな。しかも、丁寧に俺の名前を書いてあった。気味が悪いし、モヤモヤする。しかも、最後の言葉が余計にむかつく。クソ親父が消えたタイミングも怪しいし、俺自身が動かなきゃダメだって思った。一日でさくっとやれば問題ねぇよな」
「……なぁ、この手紙は最初からこの状態だったのか?」
「え? そうだけど?」
ゴンザレスは、表情一つ崩さずに言った。僕とは違って、平然と嘘をつける男だ。聞くだけ無意味だったかもしれない。
「こんなに丁寧に書く相手が、こんな不自然に……?」
「チッ。そういうこともあんだろ。てか、お前うるせぇ。説明してる暇ねぇんだ。こっちは、死ぬほど忙しいんだ。なんせ、今この瞬間から動かなきゃいけねぇんだ! てめぇも来い! 少しは、俺の役に立てよな――」
彼は、面倒臭そうに舌打ちをする。その刹那、空間がぐにゃりと歪んで体が浮く感覚を覚えた。あの村に行くつもりなのだ。僕に確認することもなく、本当に自分勝手だ。だから、嫌いだ。
それでも、付き合うのは――心のどこかでゴンザレスと一緒なら頼もしい、どうにか出来ると思ってしまっているからだろう。




