消えた謎
守りたかった。
守らなければならなかった。
手本はない。
僕とは違う種族も理解しなければならない。
意見を聞かねばならない。
優劣をつけなればならない。
白黒はっきりさせなければならない。
対等に分かり合える相手がいない。
選ばれたのが僕だったのは何故だろう。
特別な力などいらなかった。
特別な立場などいらなかった。
家族や恋人と生きていきたかった。
普通でありたかった。
普通は忘れなければならなかった。
戻れない過去を忘れたかった。
だから殺した。
だから壊した。
普通は切り捨てなければ。
だって王だから。
王を妨害する者は消さなければ。
強くならなければ。
間違っていない。
王を演じなければ。
戻れない。
皆の元には行けない。
独りでも怖くない。
怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない――。
***
―アスガード村 夕方―
混濁する記憶と意識。この思いは、僕のではない。けれど、似ている。似ているけれど、僕ではない。
これは――前世の僕の記憶。この世界は、牢獄であると何度か聞いた。穢れた魂の堕とされる場所。どんな理由があっても、罪を犯したから僕の魂はここにある。この瞬間、堕とされた根拠がはっきりとした。
(真実だった。この世界のことも、僕のことも……)
そして、僕の魂はまた同じ過ちを繰り返している。きっと、僕が死ぬ日が来て魂だけになった時、裁かれてまたここへと堕とされるのだろう。
(このタイミングで、完全に思い出すなんて……このタイミング? あっ!)
「リアム?」
一気に脳に詰め込まれた膨大な量の記憶の合間を縫って、直前にあったリアムとのやり取りを思い出した。そういえば、僕はリアムと共にこの村に潜入を試みていたのだと。それで教会に目をつけて、ここからこっそり覗いていた。そこで聞こえた話のせいで、僕は僕の全てを思い出す羽目になった。
「どこへ行ったんだ? リアム?」
記憶の蘇る最中に、身の回りで起こっていたことは把握していない。
(もしかして、リアムのことだから突っ走って中に?)
有り得なくもない。今までのことを考えたら、その方が自然な気がする。恐る恐る中を見てみた。しかし、そこにいるのは聖女と子供達だけだった。いたら最悪だが、いないのもまた最悪だった。まだ居場所が、明らかになっているだけマシだったかもしれない。
(どこかへ行ってしまったのか? そうだ、におい……)
混濁する意識を取り戻す為の意図もあって、リアムのにおいへと向ける。
「消えてる? それに、もう一つにおいがある。これは……あの神父のものか?」
ここに来るまでのにおいはあった。けれど、帰りのにおいはどこにもない。そんなこと有り得ないのに。瞬間移動でもしない限りは。
加えて、どこからか湧き出たように別の人物のにおいが発生している。どこかに移動した形跡もない。一点にしか、そのにおいは存在していない。
(神父が瞬間移動してきて、リアムを連れ去った? 何の為に?)
「――聖女様、ありがとー! 面白かったよ~」
「もうおしまいか~またやってくれる?」
「えぇ、勿論。さ、お帰りなさい。もう子供は帰る時間ですよ」
(……まずいっ!)
見つかっても困ることはないのだけれど、変に絡まれたりしたら面倒だと思い、僕は咄嗟に飛び上がって教会の屋根に上がった。そこからも、リアムを探してみたのだが……どこからも気配は感じなかった。




