全ての過去
―アスガード村 夕方―
途端に音やにおいが消えて、視界が赤く紅く染まっていく。手足が痺れ、体の自由が利かなくなる。そして、そこにはないはずの光景が点滅するように映し出される。次第に、その間隔が短くなっていく。
『――弱い、弱いなぁ』
その中で、途切れ途切れになりながらも声が聞こえた。男性の声と、女性の声。耳を澄まさずとも、映し出される光景と共に鮮明になっていく。
『弱い生物は嫌いだよ、本当。弱いくせに、意気揚々とこの僕を討とうだなんて滑稽でしかない。創造主に選ばれた王になった僕と、そこら辺にいる愚民の君……この差は決定的だよ。生かしておいてあげてもいいけど、歯向かっておいてそれはないよね。前例は作ってはならない。王として、甘い所は見せてはならない』
玉座にふんぞりかえって剣を向ける男性は、嫌というほど見たことのある顔だった。鏡だけではなく、ゴンザレスと面と向かった時に何度でも。そう、それは――僕とまったく同じ顔だ。
「違う……違う」
息が苦しい。頭が痛くて、割れてしまいそうだ。
『貴方のような者を、王として認められるはずがありません! 故郷を家族を奪い、生物としての尊厳を奪った! 許せません。許せるはずがありません!』
その僕に似た何者かの前で縛られて、座り込む白髪の女性。その顔を見て、僕の中でずっと抑え込まれていた何かが飛び出していった。例えるなら、箱をぐるぐる巻きに縛っていた鎖が壊れて、無理矢理詰め込まれていた物が溢れ出す感覚だった。
「あ、あぁ……」
その何かは、記憶だと認識するのにはそう時間はかからなかった。今まで忘れていたもの、そして知るはずのないものまでもが鮮明に蘇る。
あの日、森で出会った白髪の人とピアノの人が同一人物だったことを思い出す。記憶を失う前後の記憶は、あやふやで時が経つに連れて、さらに不確かなものになっていった。それを、はっきりと思い出した。
『君程度が認める、認めないとかどうでもいいな。この僕は、既に認められた存在だからね。あの創造主に!』
『それが、誤りだと証明して見せましょう。この命を賭して……』
『ハハハハ、滑稽滑稽だ! ここで死ぬというのに!』
『必ず、貴方は罰を受ける。他の者が与えないのなら、自分がやりましょう。奪った命の数だけ、それに相応しい罰を与えるまではこの命、何度でも蘇るでしょう。どこまででも追いかけ、必ず罰を与えましょう。必ずや……必ずや――』
まだ何かを言おうとしていた彼女の首は、剣を前に呆気なく体から分離された。直後、その光景は嘘のように消えた。全てが元通り、そう全てが。




