空しくも悲しく
―アルモニア 学校 昼―
学校にあるちょっとした広場で、私様はガスマスクの少年――エトワールと情報交換をしていた。
「あぁ! もう、本当にむかつくわ。思い出せば思い出すほど、不快よっ! 何なのよ、私様の厚意を平然と踏みにじるなんて!」
「落ち着け。確かに、ボスの予測にはなかったイレギュラーな現象ではあるが、それをお望みでもある。あの双子が、正しい絆で結ばれるきっかけになるかもしれない。それは、この俺から報告しておこう」
巽が授業を受けている間だけは、私様も監視者としての務めから解放される。といっても、自由時間がある訳ではない。その間に、私様は仲間達と情報を共有したり、会議に出たりする。それでも、時間があるのならばどう過ごすのかは勝手だが。
「そうは言っても……これで、計画が頓挫したらどうするつもりなのよ」
「さぁ、計画が成功するか否かは俺達が見届けられるものではないだろう。組織の中で、ボスだけがただ一人で結末を見届けることになる予定だからな。俺達に出来るのは、与えられた指令をこなすことのみ」
「私様達が、頑張る意味って何なのよ……まぁ、いいけどね。私様は、恩返しをやっていると思えばモチベーションを高められるから。それで? エトワールの方はどうなの?」
たまに、分からなくなる。命懸けで、ボスの手のひらに居座る理由が。そんな時には、ボスに自由を与えられ、世界各国を巡り歩けた事実を思い出す。ボスがいなければ、私様はガラスの向こうにいた両親のように成り果てていたかもしれないから。どんなに優れていたとしても、あの光景を見て正気を長期間保っていられる方がどうかしているだろうから。
「モニカ警部補は、仕事人としては非常に優秀な女性だな。男性関係にふしだらだとは思えないくらいだな。私生活と仕事では、人間性が一致しないくらい」
「ふ~ん」
「同居している子供の世話は、アリアがやっているようだ。お陰で、よりいっそう仕事へとのめり込むようになっているみたいだが。その異常とも言える熱心さが、少しずつではあるが真相へと近付いているようだ。誰が、警察という組織を腐らせているのかという事実にな」
「アリアは、そんな所にいたの? ようやく、居場所が掴めたのね。あ、だからこの場を設けてきた訳か」
私様には、この国に留まるようになってからの仕事が二つ与えられた。一つ目は、巽の監視者としての役割。そして、二つ目はアリアを――。
「今更気付いたのか、そんなこと」
「うっさいわね」
「まぁいい。詳しいことは、また後日伝える。一応、計画は順調だ。さて、お互いそろそろ仕事に戻ろう。言いたいことは伝えられたしな。お前も、もうないよな?」
淡々とした口調と堂々とした態度、子供とは思えない。顔を覆い隠しているから、余計にそう感じるかもしれない。ただ、その態度が気に食わなかった。私様の方が年上なのに。
「ないけど。そんなことより、一ついい? エトワールより、私様の方が――」
「さらばだ」
私様の言葉を無視して、エトワールは漆黒の翼を羽ばたかせて空へと旅立つ。
「ちょっとぉ!? 何、平気で無視しやがってるのよぉおっ!?」
空しくも悲しく、私様の声だけが響き渡るのだった。




