潜入らしい潜入をしよう
―アスガード村 昼―
社会的な死とは、まさにこの僕の状況を指すのだろう。
「ぜぇ……ぜぇ……」
自由を奪われ、不安定なボールの上で惨めな格好で晒され続け、疲れ果てるまでそのままだった。解放される頃には、人っ子一人見当たらなくなっていた。
「巽、器用だね? もしかして、初めてじゃないの? 玉乗り経験者?」
僕の気苦労も知らずに、ニコニコ笑顔をリアムは浮かべている。
(半殺しくらいにしてやりたい。でも、堪えろ……僕は、彼の親友という設定なんだ。今は、彼の思うがままに自由にさせてやらないと……向こうから、確実に信頼を得る為に)
「……そんな訳ないだろ? こんな格好してるだけで恥ずかしいのに、ボールから落ちたら惨めだよ」
「なるほど、巽はプライドの為に頑張ったんだね! 凄い! それだけの為に、ずっと頑張ってボールの上でバランスを取り続けるなんてかっこいい!」
彼は、楽しそうに手を叩きながら言った。その発言と態度が、僕の癪に障った。
「それって褒めてるつもりなのかな。僕が自意識過剰でなければ、かなり馬鹿にしているように聞こえるんだけど」
「えぇ!? 本当に尊敬してるんだよ。不慣れなのに、俺の無茶振りに応えてくれてさ……」
「一応、そういう感情はあるんだね……ところで、リアムの満足行く結果にはなったのかな?」
状況に合わせた潜入とやらが一切出来ていない時点で、普通に考えれば完全なる失敗だ。ただ、彼は普通とはかけ離れた位置に存在している為に基準が難しい。なので、一応本人に確かめる必要があった。
「う~ん、何も反応がなかったからなぁ。成功とは言い難いねぇ。失敗でもないと思うけどさ! ま、可もなく不可もなくって言った所かな!」
「え……!?」
(何を根拠に失敗していないという自信が!?)
「この村にいるらしいんだけどなぁ。あの人が、読み間違える訳がないし。潜入度合いが足りなかったかなぁ」
「は、は……そうか。でもさ、だとしたらリアムの言っていることはちょっとおかしいよ。潜入って言うのは、潜むってことだ。潜むってことは、その場に馴染んで静かに隠れるってことだから」
ちゃんと教えてあげなければ、彼はこれからも同じ過ちを繰り返し続ける。それに、僕まで付き合わされる羽目になる。全てが徒労に終わってしまうということだ。それだけは避けなければ。
「このやり方で、見つけ出したいなら……潜入とは言わない。露骨な罠を見せているようなものだから」
「えぇ……でも、潜入って響きがかっこいい……使いたいなぁ」
「なら、潜入らしい潜入をしよう。このままじゃ、いつまで経っても出てこないと思うな。その神様は、どうやら意地悪がしたいらしい」
(この村にいる神様を自称する奴は、ロキさんしかいない。この騒動に気付いていない訳がないんだ。どっからか楽しげに見ているのかもしれない。あの性質を考えるに、向こうから出向いてくる訳ないよね。僕らから歩み寄らない限り、きっと。優しそうには見えないからな)
「わぁ! 流石は、巽! よし、今日は一旦出直そう!」
(これが本当に、あのゴンザレスが妬んだ男なのか? 確かに天才かもしれないけれど、あまりにも……抜け落ちている)
そんな思いを抱きながら、僕らは一度村を後にすることにしたのだった。




