瞞着
―保健室 朝―
何やら含みのある言い方だった。
(全て元通りに終わりたい? でも、もうリアムの世界には家族はいないし、ゴンザレスだってこっちに来ているからいない。その願いを叶える為、神の力がどこまで僕らに干渉出来るのかは分からない。ただ、こちらの世界にその全てがあるのだとしたら……)
「ねぇ、リアム。君がゴンザレスのいる異世界から来たことが事実なら、こっちの世界にも君や君の家族はいるのか?」
「勿論、いるよ! この国ではないけどね……まだ生きている」
その言葉で、僕は確信する。リアムは、この世界で自身の願いを叶えるつもりなのだと。
「なら、リアムはこの世界の家族の輪には入れないよね? 神の力で、こっちの世界のリアムを消したりするのか?」
僕がそう言うと、彼は激しく首を横に振った。
「まさか! そんなことはしない! それに、こっちの俺をないがしろにしてしまう訳にはいかない。それをしたら、俺は俺から幸せを奪うことになっちゃう。だからね、俺は……こっちの世界の俺が幸せに終わってくれればそれでいいんだ。俺だって、幸せに暮らせたんだって感じられるから」
「ねぇ、さっきから終わる終わるって言ってるけど……もしかして、それは――」
「この世界を終わらせるんだ! 俺は知ってる。異世界と言えども、それなりに繋がりはあるって。だから、このまま時が進み続ければ結局家族は死んでしまう。また、俺は一人ぼっち。駄目だ……駄目なんだ、それは! それまでに、何とかしてみせる! だから、手伝ってくれるよね」
彼は目を輝かせながら、力強く僕の手を握り締める。どうすれば、こんなにも純粋な眼で恐ろしいことを言い放てるのだろう。彼は、自身の為に世界を滅ぼすと言っているのだ。
「本当に……そんなことが出来るのか?」
「出来る! 勿論、俺にはそんな力はないけど……あの方なら!」
「あの方って誰?」
「……ごめんね、あの方の本当の名前は分からない。でも、偽名なら知ってるよ。世界的なピアニストのマイカ=ゲインって言うんだ」
(マイカ=ゲイン?)
どこかで聞いたことのある名前だった。心の奥底から湧き上がる嫌悪にも等しい感情。世界的有名なピアニストと言うのだから、知らぬ間に小耳に挟んでいることもあるのかもしれない。でも、どうしてそんな感情が湧き上がってくるのか自分でも分からなかった。
「知らない、な」
「そうかぁ。う~ん……でも、本当なんだよ」
(まぁ、後ほど調べれば何者かははっきりすることだ。そんなことよりも、彼が世界を破滅に導こうと動いていることの方が重要だ)
僕は、リアムが壊そうとしているものをこれからもその先も守っていかなければならない。それが、国の為に繋がるから。
かつて、命に代えて世界を守った彼女のように。世界が滅ぼされてしまったら、彼女の命や思いを無駄にしてしまうことになる。そんなことが許されるはずがない。許せるはずがない。
「巽にも協力して欲しいんだ。君は強いし、俺の親友だから! 協力してくれるでしょ?」
友情とは一体何なのか。こんな時に、いいように使われるようなものなのか。結局、僕には分かりそうもない。
「ハハハハ……!」
馬鹿らしい、くだらない。目の前にいる男は、最低な奴だ。親友でもなければ、友達でもない。排除すべき、僕の敵。
(そちらが利用するつもりならば、僕だって……演じてやる、お前の親友を)
「巽?」
彼は、不思議そうに首を傾げる。
「任せてよ。僕に出来ることなら何でも……親友だからね」




