悪と正義
―アリア モニカの家 夕方―
街から離れた自然溢れるのどかな田舎町に立つ一軒家。訳あって、私は今そこに住まわせて貰っていた。もうかれこれ一ヶ月は経過してしまった。申し訳なさを感じつつも、その厚意に甘えさせて貰っていた。
その代わりに、私は家事などを出来る限り手伝っている。最近は、要領良くこなせるようになってきた……と思っている。
「アリアお姉ちゃん!」
「ん? どうしたの?」
夕食の準備をしていると、下から声をかけられた。私がそちらに視線を向けると、悪戯っぽくその声の主である子は笑った。
「お腹空いた! お菓子!」
「え? だけど、もう少しでご飯だよ?」
「ご飯よりお菓子!」
ただ、未だに慣れないのはモニカさんの子供達との関わり方だ。私みたいな他人がああだこうだ言っても仕方ないと思ってしまうけれど、それで甘やかしてしまってはこの子達の為にはならない。
「駄目だよぉ……ご飯が食べられなくなっちゃう。それに、今日のお菓子はもう食べたでしょ?」
「お姉ちゃんがいいよって言った!」
「えぇ? う~、でも――」
「こぉおおらぁあっ! またそうやってアリアさんを困らせる! いい加減にしないと、お母さんに言い付ける!」
私があたふたしていると、怒りの炎を燃やしながら部屋に一人の少女が入ってくる。彼女の背中には、ようやく首が座ったばかりの赤ちゃんが眠っていた。
「げっ、オババが来た!」
「誰がオババよ、口悪くそガキっ!」
「うぅうう……おぎゃああああっ!」
二人の大声に驚いたのか、すやすやと心地良さそうに眠っていた赤ちゃんが泣き始めてしまった。
「あんたが大声出させるから、泣き出したじゃない!」
「オレ、悪くないもん! ふん!」
彼にとって、予期せぬ出来事だったのだろう。驚きと焦りが入り混じった表情を浮かべて、逃げるように部屋から飛び出していった。
「ふぇぇん……」
「はぁ~……ごめん。ごめんねぇ~」
彼女は大きく息を吐いて、赤ちゃんをあやし始めた。彼女は、五人兄妹の三番目。一番目と二番目のお兄さんは、進学で遠方に住んでいる為、モニカさんがいない間は彼女が母親代わりになっていた。
最初、その話を聞いた時には驚いた。子供はいてもおかしくないと思っていたが、まさか五人もいたなんて。しかも、二人は自立しているとは。さらに、一番下の子供は赤ちゃん。一体、彼女は何歳なのだろう。気にはなったが、年齢を聞くのは失礼だから堪えた。
「あ、あの……ごめんね」
恐る恐る、私は小声で彼女に謝罪した。すると、彼女は弾けるような笑顔を浮かべて言った。
「アリアさんは悪くないよ。悪いのは、決まりを守らないあいつだし。気にしないで。それより、いつもいつもご飯作ってくれてありがとう。本当は私の役目なんだけど……」
「居候させて貰ってるから……こんなことくらいしか出来ないけど」
「家事して貰えるだけで、すっごく助かってる。ありがとう。それに、大人がいると安心出来るし。ほら、うちにはお母さんは遅くに帰ってくることが多いから」
モニカさんは、事件の真相と汚職の実態を明らかにする為に日々勤しんでいる。加えて、最近は物騒なことも多く忙しさが増していると嘆いていた。
「そっか……私なんかで安心して貰えるなら……」
彼女はまだ十六歳。色々やりたいこともあるはずなのに、自分のことを犠牲にして弟達の面倒を見ている。
「お父さんがいたらなぁ、ここまでお母さんが頑張る必要ないんだけど。しかも、色々物騒なことが続いてるでしょ? そのせいで、余計に頑張ってるんだろうなぁ。なんで平和にならないんだろう」
「なんで……だろうね」
この一ヶ月の間、化け物が出現するという事件が相次いで発生している。動物のような何かが暴れ回り、破壊や殺戮を行うという事件だ。警察や兵が対処し、衰弱させると人間に戻るという。
その事件は明らかに、私の父が殺されたそれと類似していた。この事件の詳細を明らかに出来れば、もしかしたら真犯人が分かるかもしれない。
「でも、大丈夫。悪いことしてたら、いつか自分に返ってくる。悪は、正義には勝てないんだから。だから、お母さんが絶対に成敗するよ!」
私がそう言うと、彼女は窓から遠くの夕日を儚げに眺めて呟いた。
「明日にでも成敗してくれたら……いいのに」
それは、彼女の心からの嘆きだった。そんな彼女に対して、どんな言葉をかけたらいいのか分からなかった。




