一本の糸
―ダイニングルーム 夕方―
「その後、私はどうすることも出来なかった。戴冠式のことを知っているのは、私と綴だけ。だからこそ、どうすればいいのか分からなかった。結婚し子供が出来て、綴の脅威をより感じるようになった。憎悪が私だけに向けられるのならいい。しかし、いつ妻子に向けられるのか……恐怖でしかなかった。だから、お前達には関わるなとだけ伝えた。だが、お前は……それに背いていたな」
「それは……」
当時の僕が、どんな思いで父上がそのような命令を下していたかなど知るはずもなかった。未知の世界を見せてくれる十六夜に惹かれ、気付かぬ内に龍の力の一部を埋め込まれ、離れることが出来なくなった。こんなこと、言えるはずもない。
「悪いのは私だ。あの言葉が、全てを破壊してしまった。いざという時に、とりかえしのつかない失敗をしてしまう。傷付けてしまう。お前とまともに関わることが出来なかったのも、年を重ねるごとに昔のあいつに似てくる巽を見るのが辛かったからだ。無関係の者を傷付けて、実に情けない父親で、兄だな……私は」
「そんなことありません! 私にとって、父上は……永遠の目標ですっ!」
自信のない父上の顔を、これ以上見るのは嫌だった。思わず、机を力強く叩いて立ち上がってしまっていた。僕にとって、父上は永遠の憧れであり目標だ。この話を聞いても変わらない。
むしろ、安心したくらいだ。父上は、人間だったのだと。失敗をしても、父上のようになれる可能性があるのだと知れたから。
「優しいな。お前は。どうか……そのままでいてくれ」
(そんなの……嫌だ。僕は変わりたい。変わらないといけないんだ。このままでいたら、何もかも変わっていないということになる。それじゃ駄目だ。これだけは……約束出来ない)
「私が綴を変えてしまった。あいつは、今どこでどうしているんだろうか? 死んでいるという噂もあるが……私は、そうは思えない。巽はどう思う?」
話が変わった安堵感に包まれながら、僕は問いの答えを考える。
(あの時、十六夜は消滅したはず。だから、常識的に考えれば死んだということになる。だけど……あいつは何度も何度も僕の夢に出てきたり、幻覚として現れる。まるで、どこかから干渉しているように。あんな奴があっさり死ぬとも思えない)
十六夜が消滅したということは、本当に一部の者しか知らない。それは、僕が十六夜には生死についての情報すら残す必要はないと判断したからだ。
「どこかに……いるかもしれません」
僕のその意見を聞くと、父上は「なるほど」と一度大きく頷いて口を開く。
「あいつは、あっさり死ぬような奴でも死ねるような奴でもない。幼い頃、自分で言っていたから間違いないはずだ。自分の命は一本の糸みたいなもので、同じ糸なら繋ぎ合わせたり切ったりも出来る。自分とは完全に別物になるが、その糸が燃え尽きなければ意識の共有が出来るとな。味方であれば心強い、そう思った。しかし、それは敵になれば厄介以外の何者でもないということだ。あいつは、私への復讐の為に何をやらかすか……今静かな分、反動が恐ろしい。気を付けろ、巽」




