嘘のように
―颯 武蔵国 数十年前―
すれ違いの生活は、結局終わることはなかった。そして運命の王位継承の日を迎え、兄弟としての絆は完全に断ち切られることとなった。
特別な場合を除き、二十歳になった時に王位は継承される。色々な儀式はあるが、最も大切なのは戴冠式。先代から、新たな王へと王冠が渡される。綴は、祝辞を述べる役割を担った。私が、任命したのだ。信頼していたからこそ。しかし――。
「兄よ、王位継承おめでとう。まるで、自分のことのように嬉しい。フフフ……」
綴は、変わっていた。まるで、別人のように。口調も雰囲気も、何もかも。
「兄だけだ、私を受け入れてくれていたのは。兄だけだ、私を否定しなかったのは。だから、ここまで頑張れた。だから、ここまで来れた。見離されてしまったとしても、兄は私にとって永遠の目標だ。悠々と王となる兄を心から祝福し、国の更なる繁栄を願う――というのは全て冗談だ。誰が貴様のような冷酷な王の誕生を祝福などするものか、誰がこのような国の繁栄を願うものか。私はここに宣言する、出来うる限りの屈辱をお前に与えて、国が崩壊していく様を見せつけてやることを」
私を睨み付け、射抜くように指差す。場が、奇妙な静けさに包み込まれていく。
「どうした? いつまでもいつまでも情けない弟の言葉に呆れて、何も言えないか? くだらないか?」
「……っ!?」
それは、陸奥に投げ捨てた私の言葉だった。聞いていたのだ、どこかで綴も。あの嘘偽りしかなく、本心でも何でもない言葉を。
「ようやく、表情を見せてくれたね。聞いていたよ、全て。あんな風に思っていたんだ。私に見せていた姿は、偽りだったんだ。それで内心嘲笑っていたんだろう。愉快だったことだろう。私が愚かだったのだ。所詮、お前は王で私は従者。血の繋がりあれど、真の兄弟になど成り得なかった。まだ、周囲のようにわざとらしく明白に態度に見せてくれた方が良かったよ。まぁ、それでもお前は皆を引き連れていくんだろう。私とは、生まれたその瞬間から持っているものも違うことだしな。さて……これで、失礼しよう。私の行為が気に食わぬだろう? なら、追っ手でも刺客でも、何でも寄越せばいい。だが、私には長い長い呪いと得た経験があるのでね、そう簡単には斬られはせぬぞ?」
不敵な笑みを浮かべると、綴はゆっくりと会場を後にする。すると、その場にいた武者や使用人達が我に返り、慌ててその後を追う。ある者は刀を持ち、ある者は弓を射ようと、またある者は魔法を放とうと――。
「やめろっ! 待て、綴!」
出せる限りの大声で、私は周囲を制した。彼らは皆、驚いた様子で手をとめた。私は壇上から飛び降り、遠くへと消えていく綴の後を追おうとした。
しかし、それを護衛達が防ごうとする。
「邪魔だっ!」
「ぐはっ!?」
私は護衛を蹴散らし、周囲を掻き分けながら必死に綴を追った。そして、何とか目前に捉えて声をかけた。
「あれは……違う。本当に――」
「お兄ちゃんは優しいねぇ。自発的に不敬な弟を殺そうとした者達をとめて、ここまで来るなんて。でもさぁ……」
綴は振り返って、さらに続ける。
「本当に思ってなかったら、あんな言葉はパッと出てこないと思うんだけどね。心のどこかで少しでも思ってたんだろう」
そんなはずはない、私はずっと綴のことを一人の家族として心の奥底から尊重して――。
「私を捕らえるか、殺すか、それとも放置するのか……全ては王の命のままに動く。じゃあ、今はさようなら」
綴に、それ以上声をかけることは出来なかった。そして、黒いはずの綴の瞳が碧く光り、場を包み込む。その淡い光が消えると、綴もまた姿を消していた。
さらに、奇妙なことは続き――戴冠式での綴の出来事はまるで嘘だったかのようになかったことになっていた。




