友の忠告
―颯 武蔵国 数十年前―
それから、綴は私と共に毎日夜遅くまで鍛錬に明け暮れるようになった。元々素質はあると感じていたが、かなりの速度で綴は腕を上げていた。たくましく、確実に。それを見て、嗤う者もいた。綴の元々の立場があるから、それで努力を嘲笑うのだ。
その度、綴は泣いた。その都度、私はその者達を叱り、綴を慰めた。辛かっただろう、苦しかっただろう。その逆境の中で、自分自身を奮い立たせるのは。
「泣くな。綴」
「うぅう……」
傷だらけで、汚れだらけ。それでも何度も立ち上がり、私に立ち向かおうとする。その思いを無下にする訳にはいかない。全力の綴に、履き違えた優しさで手を抜こうなど笑止千万。
「人前で涙を見せるな、私の弟ならば」
「だって、お兄ちゃんが強過ぎて全然駄目なんだもん。僕だって一生懸命やってるのに……悔しい、恥ずかしいよ」
「そんなことは分かっている。しかし、周囲はそうではない。お前が、惨めに泣いているようにしか映っていない。だから、人前では泣くな。泣くなら、私の前でだけ泣け。我慢する強さも覚えろ」
「そうしたら強くなれるの?」
「なれる。お前は、私の大切な弟だからな」
「……うんっ!」
そう答えた時の、綴の笑顔は忘れることは出来ない。
しかし、私も私でやるべきことは多くあった。教えるだけではない、教わらなければならなかったのだ。王になるには、多くの知識が必要だったからだ。その為に、綴と関わる時間は減っていった。鍛錬は、良き理解者である陸奥に頼んでいるから問題はない、そう浅はかに捉えながら。
「――颯、颯っ!」
時間に追われる日々、自分自身のことで手一杯になっていた。綴と挨拶すら交わすこともなくなっていった。そんなある日に、陸奥に声をかけられた。
「なんだ、忙しいんだ。用があるならば、手短に」
足早に廊下を進み続ける私の速度に合わせるように、陸奥もついてきた。
「最近、調子はどうだ?」
「そんなことが聞きたいのか。調子は、普通だな」
「そうかぁ。随分と忙しそうだから――」
「いいから、言いたいことははっきりと申せ」
「……綴、寂しそうだぞ。口には出さないが、明らかに刀に元気がない。そのせいか、調子も悪い。少しでもいい、あいつと――」
「いつまでもいつまでも情けない。私がいるかいないかで、実力が左右されているようでは、いつまでも弱いままだ。くだらん、もう行く」
完全に八つ当たりだった。自分自身に対して蓄積していた苛立ちを、陸奥と綴に向けてしまったのだ。それで、心にもないことを言ってしまった。
もしも、この時――陸奥の忠告をちゃんと聞いていれば、冷静になれていれば、過ちを犯すことはなかったかもしれない。




