首を切る
―颯 武蔵国 数十年前―
いつもと変わらない退屈な一日の昼下がり。私は、武術練習を放棄し、木の上でリンゴをかじりながら身を休めていた。
「――颯さん、またそこで怠けてるの? 皆、探してるよ。貴方はいいかもしれないけど、貴方にちゃんと教えないと、怒られるのは先生なのよ」
(またか)
木の下で、紫色の着物に身を包んだ少女――紫月が睨み付けていた。
「つまらない。時間の無駄。出来ることを何度も何度も……あれ以上のことが出来ぬのに、先生と慕う方がどうかしていると思うが? あれに教わるくらいならば、陸奥と共に研鑽を積む方が有意義だ」
得られるものが皆無なのに、それに取り組む理由がどこにあるのか。叱られるのなら、叱られればいい。これが積み重なれば、あの男も首を切られることだろう。
「そーれーは、颯さんが出来過ぎちゃうからそう感じるの! 先生以上の教える資格がある人なんて……この国にはいないよ」
「そうか。ならば、仕方ない。私はここにいる」
紫月は、世話焼きだ。昔からいつもいつも。私のことなど、放っておいてくれればいいものを。
「そんなのでいいの!? 王位継承権第一位さん! もうそろそろ十五になるのに、そんな子供っぽいこと言って!」
そう言って、彼女は木を数回蹴る。その度、木が折れてしまうのではないかと感じるほどに激しく揺れた。
(相変わらず華奢な足から、よくもまぁこの大木を揺らせるほどの力が出るものだ。もう少し、見た目に沿っておしとやかであったのならば……いや、それは紫月ではないな)
「くだらん。好きでそんな権利を承ってなどおらぬのだが。私が一位ならば、二位もいるだろう。その者に任せれば、それでいい」
生まれながらにして決められた世界。退屈で窮屈だ。十五になるまで、城から出ることすら叶わない。父は、私をまるで意思のない人形のように扱う。母は、本妻であり続ける為に父の期待に応えよ、王になれと口やかましい。両親共々、私を私として見てくれたことなど一度もない。
「……死んじゃうんだよ!? 解雇されて、さよならってなる訳じゃないのよ。本当に首を切られて、この世からいなくなっちゃうんだよ。今までもずっとそう。国学の先生も帝王学の先生も、魔法の先生も……もうこの世界にはいないんだよ!」
「何?」
食べかけのリンゴが手から滑り落ちたが、それを気に留める余裕はなかった。
「颯さんのお父上様のご命令で。皆、何も言えないまま……でも、貴方の働きかけなら聞いて頂けるかもしれない! ねぇ、お願い。とりあえず、辛いかもしれないけど頑張って授業を受けて。ある命をみすみす犠牲にするような真似をしないで。貴方の行動一つ一つに、意味があるということを忘れないで」
授業の放棄、それは私なりの抗議だった。王になるつもりはないという意思を証明する為に。しかし、それで彼らの命を奪ってしまっていたと知って、驚きを隠せなかった。
(私の行動が、命を奪ったというのか? 紫月は、嘘をつくような人間ではない。その事実に誤りがなければ、私は……この責任を取らねばならない)
「その話、詳しく聞かせて貰おう。それで、私の行動を決める」
私は木から飛び降り、紫月の前に着地した。
「行動? それって……」
「さぁな」
この時、既に行動については私の中で決まっていた。後は、その行動の根拠となる事実が必要だった。
「紫月、教えて貰おうか。その話の出所と、詳細を」




