恐悦至極
―ダイニングルーム 夕方―
こんな穏やかな笑顔を、僕に向けて貰える日が来るなんて――夢のようだった。
「どうした? 先ほどから、私が笑う度に驚いた表情を浮かべているが」
「え、あぁ、その……珍しいなぁと感じまして。いつも、父上は僕に対しては硬い表情を……」
顔に出てしまっていたようだ。致し方なく、僕は素直に答える。すると、父上は悲しそうに俯いた。
「そうか……お前に、そのように感じさせてしまっていたのだな。私は、何一つとして成長出来ていなかった。同じ過ちを繰り返していたのだな。私は……」
目の前にいるのは、本当に僕の知っている父上なのだろうか。そう感じてしまうくらい、力ない表情だった。自信は微塵もなく、威厳はどこにあるのやら。とても弱々しく、触れたら壊れてしまうのではと思った。
今日は見たことのないものを見せられたり、感じたりする日なのだ。病に倒れた時も、いかなる危機にもその威厳を崩したことなどなかったのに。何か、父上の心に影を落とす相当な出来事があったとしか思えない。
「父上?」
「すまない。こんなことを、お前の前で言っても仕方がないというのに」
「何か悩み事でもあるのですか? 僕でお力になれるかは分かりませんが、話せるようなら是非話して下さい。吐き出せば、少しは楽になるかもしれません」
父上の苦しむ姿を、こんな形で見たくはない。僕みたいな奴に出来るのは話を聞くことぐらいだが、それで父上の抱える負担を減らせるならそうしたい。
「良いのか……? ならば、ここは甘えさせて貰おう。実を言うと、誰にでも言えるようなことではなくてな。しかし、いずれ家族の長になるお前になら話しても問題ないだろう。私達一族の抱える問題を知っておくことは、非常に重要だ」
顔を上げると、父上はいつもの厳しい表情に戻っていた。
「はい。それで、父上の心が少しでも救われるというのなら」
「……嗚呼、感謝する」
「はっ、はい!」
嬉しかった。これまでの人生の中で、父上に感謝されたことがあっただろうか。いや、ない。まだ何もしていないのに、天にも昇る心地――恐悦至極だった。
「……どうした? 目に涙が浮かんできているが」
「い、いえ。お気になさらず、どうぞお話を……」
父上に感謝の気持ちを与えられて、その感情を抑えられるはずもない。
「そうか? なら良いが」
不思議そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに険しい表情へと戻る。そして、口を開き語り始めた。
「私が長らく抱えている悩み、それは弟……綴のことだ――」




