成長の珈琲
―ダイニングルーム 夕方―
父上は椅子にゆったりと腰掛けて、優雅に僕の淹れたコーヒーを飲む。
「うむ……」
「あの、お味はいかがでしょうか?」
来客時には、大抵コーヒーを淹れるものだと聞いている。それで見よう見真似で何となく、コーヒーを淹れてみた。勿論、インスタントだが。生まれて初めてコーヒーを淹れた。まさか、それを人生で最初に父上に出すことになるとは思わなかった。
「悪くない。まさか、お前の淹れたコーヒーを飲む日が来ようとは」
(インスタントです……)
「立派になったものだ」
(インスタントなんです……)
普通にやれば、美味しく飲めるように出来ている。不味く作れる方が、どうかしている。父上は、いつもバリスタの淹れるコーヒーしか飲まないし、それしか知らないからインスタントという概念がないのだ。味の違いは、僕が淹れたから程度にしか思っていないと思う。そう考えると、心が痛かった。騙すつもりなど微塵もなかったのに、欺いている気分だ。
「そ、それは良かったです」
「うむ、それはさておき……ここでの生活は慣れたか?」
父上は、綺麗に飲み干したマグカップを机に置いて僕を見据える。
「最初に比べれば、それなりには。戸惑いがなくなった訳ではありませんが、生活することに特別な難はないかと」
「……成長しているのだな、お前も。正直、無理だと思っていた。お前が、知り合いもいない場所で自立に近い生活を送ることは」
「耳が痛いです」
やはり、父上から見れば僕は未熟でしかなかったのだ。どれほど不安だっただろう、目に届く位置に僕がいないことは。
「最初に送られてきた調書を見て、すぐに逃げ帰ってくるのだろうと感じた。アルバイト……とやらか? そこでもふらふらで、学校でもぼんやりとした様子であることが記してあったしな。その次くらいに送られてきたものには、暴力事件を起こしただのなんだのと書いてあったか? それで、寧々が取り乱してしまったから大変だったぞ」
「ご存知でしたか……」
恥ずかしい。記憶にはないが、恐らく全てのやらかしが伝わっているのだろう。きっと、これからもその先も伝わり続ける。良いことも悪いことも。しかし、僕はそんなに良いことをしていない。今までのを帳消しに出来るくらいに、善を積めるだろうか。
「しかし、少し経つとそこで友人が何人か出来たこと、選抜者とやらになったこと……明るい話題も出てくるようになってな。気が付けば、この時を迎えていた。慣れない生活や文化、言葉。その中でよく頑張っている。それが、ようやく目に見えた。安心したぞ」
そして、父上は穏やかな笑みを僕に向けた。




