親子として
―屋敷内 夕方―
本を受け取り、収めるその姿にさえ威厳を感じる。
「さて……使者と王としての会話は、ここまでにする。今からは、親子として話をしようではないか」
「え?」
「いつもは、前国王と国王としての会話ばかりだったからな。たまには悪くないだろう。これから先も、しばらく会えぬのだから」
父上が、くしゃりと照れ臭そうに笑った。
「か、構いませんが……お時間のほどは問題ないのですか?」
僕は、戸惑っていた。父上のこの表情は、記憶のある限りでは見たことがなかったから。父上は、いつだって威厳があった。背負っているものが沢山あるからこそだろうと、当時は思っていた。僕ら家族は、その背負っているものの中の一部に過ぎない。僕にとって、父上は近くにいても遠くにいるような人だった。
そんな父上が、こんなにも温かな笑みを浮かべることが出来るなんて信じられなかったのだ。
「嗚呼。今日は泊まる予定でな」
「こちらにですか?」
「いや、宿屋だ。ここに来る途中で、良い場所を見つけてな。折角の機会だから、そこに泊まるつもりだ」
「そんな! しかし、警備もないのに万が一のことがあったらどうするおつもりなのですか? お体のこともあります。この屋敷なら最低限の安全は保障されてい、ます……」
僕の発言に不快感を覚えたのか、父上のその珍しい表情はすぐに消えた。和やかな雰囲気が、瞬く間に凍てつく。
「私が決めた。そもそも、私はここまで一人で来たのだぞ。病によって、衰えてしまったのは事実だ。だが、誰かに頼らねば己の身を守れないほど衰えてはいない。この屋敷に最低限の安全がある? 何を根拠にそんなことを。簡単に、気絶するようなひ弱な者が門を守っているような状態で」
「あ、あぁ……ご、ご……も」
声を出すことすらままならない。まるで、首を絞められているかのような圧迫感。謝罪しなければ、殺されてしまう――そんな気迫があった。実際に、そんなことを父上がするはずもないと知っているのに。
「はぁ……」
そんな僕の様子を見て、父上は大きなため息を漏らした。そして、頭を掻くと突然、自分で力強く頬をぶった。
「えっ!?」
「すまない。私の悪い癖だ。分かっている、この言い方では誤解を与えてしまうことくらい。情けない。本当に情けない父親だ。私はいつだって……知らず知らずの内に、巽や弟を追い込んできたんだ」
思いも寄らぬ父上からの謝罪に、どう返せばいいのか分からなかった。それを否定する言葉は出て来ないし、皇帝する度胸もなかった。
僕に出来たのは――。
「ち、父上……少し場所を変えましょう。その、親子としてお話をしましょう……」




