使者
―屋敷内 夕方―
「――父上?」
扉を開けると、やはり父上がいた。あのにおいの正体、謎の現象は父上によるものだと察する。父上は、僕を見ると僅かに表情を緩ませる。壁にもたれかかり、ずっと僕を待っていたのだろう。少しよろけながら、僕の前まで歩く。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ。大学とやらは、中々長い時間拘束されるものなのだな。それより、久しぶりだな、少し痩せたか?」
「ご無沙汰しております、そうでしょうか?」
最近は誰よりも食べている。栄養がある物を、満足するだけ胃に流し込んでいる。痩せるようなことはないと思うのだが、父上がそういうのならそうなのかもしれない。僕の感覚よりも、父上の感覚の方が遥かに優れているのだから。
ただ、そんなことよりも気になることがあった。
「あの……その、父上が何故ここに?」
「ん? 何を言っている? 私が使者だからに決まっているだろう。事情が事情で、来れる人物も限られていてな。加えて、閏と美月の件があって色々と忙しくてな。故に、私が来たという訳だ。全ての条件に合っているのは、私くらいのものだ」
確かに、ゴンザレスが僕に成り代わっているということを知っている人物は少ない。家族と側近と大臣くらいのもの。
しかし、だからといって父上でなくてはならなかったのだろうか。別に、父上に使者は適役ではないとかいう訳ではない。こんな役割を、父上に押し付けるゴンザレスの考えはどうなんだと思ってしまう。
「それで? 本はどこにある?」
「あ、あぁ……ここに」
僕は魔法を使い、本を取りだした。そして、それを差し出す。緊張で僅かに震える手がばれないように。すると、本を見た父上は眉をひそめた。
「なんだ? この本は。何と書いてあるんだ? 見たことのない文字だ。英語とも違うし、何かの暗号か?」
不思議そうに、父上は首をかしげて中をぱらぱらとめくる。父上が、そんな表情を浮かべるのも無理はない。本の文字は、ただの記号のようにしか僕らには見えないのだから。
「それが、僕にも分からないんです。もしかしたら、ゴンザレスなら分かるかもしれないと思って……それで、頼んだんです」
「なるほど。あいつは騒がしいし、馬鹿っぽい見た目に反して博識だからな。そうか……何か分かればいいな」
「はい、そう願っています」
ゴンザレスの賢さは、父上も評価しているようだ。僕も、ゴンザレスのようになれたなら期待に沿うことが出来るのに。歯がゆさを感じながらも、僕は笑顔を浮かべて頷いた。
「さて……これは、しっかりと預かっておこう」
父上は魔法を使い、本を収めた。




