美しき者
―マイケル レイヴンの森 夜―
ようやく、タミを無力化出来ると思ったのに。薄かった勝利への道しるべが、ぼんやりと遠くで灯ったように見えたのに――。
「何故……何故、君達が私の邪魔をするっ!?」
その灯火を消したのは、仲間であるはずのメアリーとジョンだった。二人がかりで私を押さえ込んで、どれだけ暴れても逃れられなかった。
「もうやめましょう、こんなこと!」
「そうだよ。このままだと、マイケルが消えちゃうよ……」
彼らは、泣いていた。その涙を見て、熱くなっていた私の心は少しずつ冷えていった。
「何を馬鹿なことを言っているんだ! しっかりと話し合っただろう? もう決まったことだ。まさか、何かされたのか? 弱みでも握られたのか? それとも操られているのか?」
でなければ、二人が私の立てた作戦を無視した行動をするとは思えなかった。二人とは大学に入ってからずっと一緒、選抜者となってからはより距離は縮まった。そんな彼らに欺かれていたのだとしたら、ただただショックでならない。
「違うよ! 私達で決めたの。やっぱり駄目だって思ったの。もう皆いなくなっちゃった。きっと、私達三人じゃ彼には勝てない。私達は魔法が使えなければ、ほとんど戦力になれないから。お荷物になっちゃう、なってるもん」
彼女は、即座に否定する。
「次々に皆が消えていくのを見て、その中で思いました。このまま、これを続けることに何の意味があるのかと。それに、マイケルが魔力を使い続ければ消滅してしまう。私達は仲間です。その仲間の存在そのものが、消えてしまうなんてやっぱり耐えられないです。そのリスクを、貴方一人に背負わせるなんて苦しいです」
「それは……もう、ここに来る前から決めていたことじゃないか。君達だって同意してくれた。今更、何を戸惑う?」
所詮、死んだ身だ。この魂、有意義に使えるのならそれでいい。存在がなくなろうが、それで過去を清算出来るならとした決断だ。
「マイケル、貴方はエネルギッシュで聡明でした。リーダーとして、とても素晴らしく頼りになる存在でした。ですが、今の貴方は目が曇っています。考えて見て下さい。黙って、貴方が消えるのを眺めることしか出来ない私達の気持ちを。平然と受け入れられる訳がないでしょう!? ここまで、追い詰められてようやく言葉に出来ました。責任は全員にあります。消えるなら、全員消えなければフェアではないと思います。しかし、皆……穏やかな顔で召されていきました。もう、無理なんです。ですから、終わりにしましょう」
「皆、待ってるよ。私、もう疲れちゃった」
メアリーは、儚く笑みを浮かべる。
「……それでは、この男はっ! 私がここまで来た意味はっ!?」
皆を巻き込み逃げ出した意味が、その一つの選択で無意味になってしまう。けれども、残った仲間達は、もう私に諦めろと促し続けている。
(だが、それでは……!)
怒りや憎しみが消えた訳ではないが、彼らのその言葉は、私に迷いを与えた――その時だった。
「――何をごちゃごちゃと考えているんですの? もういいって言っているんですのよ、ここで悩むのは得策じゃないですわ。彼を殺せば、憎むべき相手と同等になりますわ。そうなれば、私達は永遠に出会えなくなってしまうでしょう? お馬鹿さん、ほら皆も迎えに来ていますのよ」
夜には不釣合いのぼんやりとした眩い光が、天から降り注いでくる。そこから、マリーの諭すような声が響いた。
「マリー……なのか」
「貴方がさっさと決断出来ないみたいだから、迎えに来てあげたんですの。重い腰ごと、その体を持ち上げてあげますわ。しかし、貴方は重過ぎますわ。ですから、皆で迎えに来ましたのよ」
その光の中に、五人の影が見えた。中央にいるのが、マリーのようだ。次第に、彼女の影だけがはっきりと姿を映していく。
「まだ引き返せますわ。だって、皆を巻き込んで暴れただけですもの。大丈夫、死後の世界でも意外と私達は顔が利くみたいですの」
そして、マリーは手を差し出す。その手を、ほぼ反射的に掴んでしまった自分がいた。
「いいのだろうか、こんな所で投げ出して……」
「投げ出しても、彼以外には分かりはしませんわ。それに、潔さも大事だとは思いませんの? この私が、わざわざ迎えに来たこの厚意を無駄にするんですの? さあ、さっさと行きますわよ。あの女に捕まる前に」
呆れた表情を浮かべ、彼女は私を引っ張る。それに続いて、ケビン、シャオ、メイ、ベッキーの影らしきものも私の腕を掴んで引っ張る。
「マリー……君は、そんなに美しかったかい?」
「レディにそんなことを言うなんて、ナンセンスですわ。さあ、もう全部終わり……終わりですわ」
「それもそう、か」
らしくないことを聞いてしまった、このぼんやりとした光のせいだろうか。とても頭が軽くなって、心も軽くなる。そして、導かれるままに身を委ねて――。




