蜻蛉花火
―レイヴンの森 夜-
体が熱くて、痛い。自分が今、どうなっているのか分からない。朦朧とする意識の中で、僕は必死でマイケルさんに訴えていた。
「オ願いで……す、カえ、し……」
声も上手く出せない。ちゃんと伝わっているのかどうか不安だった。
「どうしたんだ、その姿は。君は、人間……だろう」
視界が赤く、はっきりとは彼の姿は見えないものの、かろうじて声を聞き取ることは出来ていた。
「あァ……」
彼の言葉は、自分自身で状況が認識出来ない僕に現実を教えてくれた。
(時間、ガなイ)
自分の足で立っている感覚はある。恐る恐る、両手を見える位置にまで持ち上げた。すると、真っ赤な視界で朦朧とする意識の中で、それははっきりと見えた。鋭い爪と手を覆い隠そうとする毛が。
「カえして……」
怖かった。これから、自分がどうなってしまうのか想像もしたくない。今はまだかろうじて考えたり出来ているが、いつそれがなくなってしまうのか。意識もある上で、じわりじわりと変わっていく様を体感しなくてはならないのかもしれないと思うと体が震えた。
その時、マイケルさんから動揺を感じ取った。吐き出された息の振動量と強張った表情から。
「っ!? 来るなっ!」
マイケルさんの懸命の叫びも空しく、僕は背後から殴りかかってきたベッキーさんを捕らえた。先ほどと同じく、彼女の気配は一切感じ取れなかった。この異様に鋭い感覚を以ってしても。彼の動揺を感じ取れなければ、僕はこのまま終わっていた。
「痛イ、思いをさセたくナかったら……返セ」
彼女の首を、爪が刺さらないように掴んで持ち上げる。そして、マイケルさんを睨みつけた。彼の動揺が、さらに大きくなっていくのを感じた。
「返セ、返しテ……さ、もなけれバ……」
力加減に気を付けながら、僕は人差し指の爪を首筋に突き立てる。
「分かった……だから、彼女を傷付けるのはやめて貰えないか。死んだ身ではあるが、この森にいる以上は生きているのと同じだ」
悔しそうに彼は言うと、刀をゆっくりと差し出す。
「やっ、やめて! 私のことなんてどうでもいいから……お願い」
それを見た彼女は、息苦しそうに必死に拒絶していた。何とか逃れようと足をばたつかせながら。その抗いは、僕からしてみればあまりにも小さかった。
「すまない」
「よカ、た」
マイケルさんの手から、僕の手へと渡った刀。僕はそれを素早く握り、ベッキーさんを力のままに上へと投げた。僕もそれを追って、飛び上がる。
「な……!?」
「蜻蛉花火ッ!」
強い意志と覚悟をもち、今まで積み上げてきた経験と勘だけを頼りに空中で構えて――彼女の首と両手足首を斬り落とした。




