大粒の涙
―マイケル レイヴンの森 夜―
突如として、タミは叫んだ。
「なんだっ!?」
しかし、その声は彼のものだとは思えなかった。例えるなら、獣の咆哮に近かった。
「グゥッ……」
そして、彼の手から剣が滑り落ちる。あんなに痛めつけても落とさなかった剣を、だ。その様子を見て、直感的に嫌な予感がした。
「皆! 離れろ!」
「う、うん!」
「メアリー、こっちです!」
「私もいるのよ、メアリーだけ気遣うんじゃないわ」
その嫌な予感は、すぐに的中する。彼は胸部を押さえながら、一歩ずつ後退していく。それと同時に、彼はどこからか現れた黒煙を纏い、瞬く間に飲み込まれていった。
「マイケル、あんたはどうするのよ!? なんか、見るからにヤバイわ!」
「……私も一度距離を取る。予測不能だ、危険過ぎる」
魔力は、使えなくなるくらい痛めつけたはずだ。一体、彼は何を隠していたというのか。理論や経験では説明出来ない現象が、目の前で起こっている。私達は遠くから、黒煙に包まれた彼を観察することを決めた。
(理論上、生死に関わる身体的ダメージを受けた場合の魔力消失量は五十%を超える。その前に継続して魔力を使っていた彼の体には、もはや魔力などほぼ残っていないはずなのに。加えて、出血量も尋常ではなかった。もはや、意識があっただけ奇跡に近い。一体、これは何が起こっている? 私が学び切れなかった何かがあるというのか……?)
じっと黒煙を眺めながら、色々と考えを巡らせていた。しかし、どれだけ引き出しを探っても的確な答えは見つけられない。
(可能性があるとしたら、アーリヤの力。それが、傷付けられたことで作用したか、意図して使ったかのどちらか。あれもまた、理論上破綻した力だ。そういうことを成せるかもしれない。しかし、タミからはアーリヤの力のそれを感じなかった。あれほど体感したというのに。それに、今は感覚が敏感になっている。こんなことはあり得るのか……?)
「何が何やら分からない……ん?」
その時だ、黒煙が落ち着き始めていることに気が付いた。皆に視線を送ると、彼らも察した様子で大きく一度頷いた。そして、私は奪った刀を強く握り締め、その時に備えた。今度こそ、とどめを刺して全てを終わらせる為に。
「――いない、いないよっ!」
メアリーの滅多に聞くことのない叫び声、それが森中に響き渡った。
「なん……だと?」
黒煙の晴れた場所、そこにいるはずのタミの姿がなかった。嘘みたいに忽然と、姿を消していた。マジックか何かを見せられているかのようだった。
「いや、でも気配はあります。すぐ近くに……あぁっ!? マイケルっ!」
ジョンの指差した先、それは私だった。顔がみるみる内に、真っ青に染まっていく。
「カ……え、せ」
背筋が凍るような気配と声。恐る恐る振り返ると、そこには――。
「刀ヲ……みんナの……」
人の姿をかろうじて保ちながらも、鋭い爪と牙をちらつかせながらたどたどしく言葉を発するタミが立っていた。黄色く輝く瞳から、大粒の涙を流しながら。




