蠢くもの
―レイヴンの森 夜―
マイケルさんの刀を、僕は咄嗟に剣を取り出して弾いた。
「まだ武器を持っていたのか。そちらも中々に豪華だな。生きていれば、是非コレクションに加えたい一品だった」
「あげませんよ、特別な物ですからっ!? げほっ!?」
そのやり取りの最中、背中に無数の鋭い痛みが走り、血が口から飛び散る。
「私も沢山武器があるの。でも、あんたよりは多いかもね。私は、常に四十四本のナイフを持ち歩いているの。どう? その内の六本をとりあえず一気に突き刺してみたんだけど」
背後にいるのは、ベッキーさん達だ。目の前のことで頭がいっぱいになってしまっていて、接近に近付けなかった。僕の悪い癖だ。そもそも、それなりに実力のある相手を一気に処理すること自体が得意ではない。あらゆる不幸が重なった故の、この結果だった。
「がっ……うっ!」
力を入れているせいで、血の出方が尋常でない。体が芯から冷えていく感覚があった。
(周りに呪いの対象になる人がいなかったから……どうしようもならなかったのか。どうしよう、このままじゃ……終わってしまう)
僕が今まで死を避けられていたのは、周りに人がいたからだ。僕が背負うべき死を、他の誰かが背負っていたからだ。
こういったことは初めてではない。あの時は、男女二人組に命を拾われた。しかし、それでも気絶は避けられない。命は救われても、それが原因で彼らがどうなってしまうのか想像も出来なかった。
「油断してたの? 想像以上にあっさりね、もっと色々周到に準備していたのに。あんたは人間でしょう? 私達とは違うのに、あまりにも無防備だったわ」
(どうにかしなければ……どうにか……)
「はぁ……はぁ……」
息が苦しい。それでも、剣を握っていられたのは不思議だった。感覚はほぼない。だが、僕の手は剣を力強く握り締めていた。
「凄まじい力だ。これが執念かな。でも、痛々しいから見てられない。作戦変更だ。ジョン、メアリー、それぞれ彼の両腕を」
彼の呼びかけに応じ、二人は僕を挟むようにしてその場に立つ。そして、僕の腕を掴んだ。
「やめっ、やめ……げほっ!」
血がとまらない。限界は既に超えている。気力だけで、ここに立っていた。投げ出すのは嫌だった。また、何も出来ないまま終わってしまうのは嫌だった。僕がやらなければ、意味がない。ここで意識を失えば、僕はまた変われない。変われないということを証明してしまう。
「メアリー、やりましょう」
(駄目だ! 僕は、変わらないと……変わるんだっ! 変われっ!)
血のにおい、人の気配、遠のく意識、使命感、ありとあらゆるものが合わさりあって……体の奥底から何かが蠢きながら溢れ出す。
「うん、せーの――」
「あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ッ!」
僕には、それをとめられなかった。蠢く何かは、瞬く間に僕を周囲を飲み込んで――。




