傷の舐め合い
―ケビン コットニー地区 夜―
平凡以上の顔があれば、誰よりも優れた能力があれば……たらればを挙げればキリがなく、それを持つ者が現れる度にマイナスの感情は蓄積していった。
「……くそがっ、くそがっ、くそがぁああっ!」
選抜者となった時、初めて誰かに認められた気がした。褒められた気がした。注目なんてされたことなかった俺の人生に光が差した。名前と姿をメディアに紹介されたその日、かつてないほどの満足感を得られた。プレッシャーや責任というものも、感じることが出来た。
「てめぇらさえ来なけりゃよぉぉおっ!?」
しかし、それはいともたやすく破壊された。入学試験で頂点に立った男と、よく分からないが実技の評判はいい男が現れたからだ。実力と容姿を兼ね備え、タレンタムでは主席になるのと同じくらい名誉なことである選抜者になったことで、瞬く間にメディアや世間の注目はその二人に向けられた。研鑽を重ねてきた俺らのことなど、忘れてしまったかのように。
「死ね、消えてしまえ! 俺は四年間、選抜者であり続けたんだ! ここで邪魔者を消して、勝利を証明してやるよぉ!」
死んだはずなのに、ジェシー教授の忠告通り痛みだけは立派に感じる。地面を殴る数だけ、その痛みは増幅されていく。
「もうどうだっていいんだよぉおおおっ! てめぇを殺せるなら、消せるなら、勝てるなら、俺なんてぇぇえっ!」
渾身の力を込めて、地面を殴ろうとした。その瞬間――。
「息根瞬斬!」
寸前で腕を掴まれ、ぴくりとも動けなくなった。いや、腕だけじゃない。体の全てが動かなくなった、まるで時がとまってしまったかのよう。その中で、タミただ一人だけが動いていた。
(何を斬った……?)
左手で俺の腕を掴み、右手は刀を持って空を切ったような体勢のまま、じっと俺を見つめて口を開く。
「悲しいことを言わないで下さい。ケビンさん、貴方は……僕にとって先輩で、選抜者としても目標となるべき人でした。こんな形になってしまったのが惜しいと、世間は言っています。この状況では、貴方達は知らないかもしれませんが。ケビンさん、貴方はとっくに認められていましたよ。ただ、彼らは目新しいものに興味があっただけのこと。貴方は素晴らしい方です。自分で、自分を貶めていいような人ではないはずです。選抜者となった時の気持ちを、その瞬間をどうか――忘れないで下さい」
(あぁ、そうか……)
同情か哀れみか、そんな言葉をかけられて、俺はようやく自分自身の状況を察する。
(斬られたのは、俺か)
憎き相手からの上辺の言葉であるはずなのに、その場しのぎのでたらめな言葉であるはずなのに、とても心が穏やかだった。さっきまであった怒りが、憎しみが、苛立ちが、悲しみが……溶けるように消えていく。説明することの出来ない、不可解な現象だった。
(いつの間に斬られた? どこを斬られた? 手以外の痛みは、どこに? あれ……)
視界が、不自然に落ちていく。白く霞んでいく。その中で、回転しながら剣先をこちらに向けて落ちてくる刀が見えた。
(また負けか。ハハ、皆とやってりゃ勝てたのか? いや、何にしても七人じゃ駄目だ。八人揃って初めて、ようやく完成してたんだ。きっと全員負けちまうんだろうな。そんで、また侮辱される訳か。まぁ、それも俺ららしいってか。また、一緒に傷の舐め合いでもするか……)
そして、白く変わる空間で一厘の真っ赤な花が咲き誇った。その花は、すぐに散って顔へと降り注ぐ。
(綺麗だな、これは何の花だ――)
あろうことか、その美しさに心を奪われながら俺は目を閉じた。




