煌々と宿る狂気
―レイヴンの森 夜―
彼女らに刀を振り落とした時、まるで人間を斬ったかのような感覚があった。しかし、もうそこに遺体はない。勿論、刃にも血はついていない。
(そもそも、霊体に触れられることなんて普通はないよね。恐らく、太平の龍が――)
「――貴様ァアアアアアッ!」
僕が色々と考えていると、怒気を孕んだ声色で一人の人物が鉄砲玉のように突進してきているのが見えた。姿こそ不明瞭だが、その声色とにおいでケビンさんだと察する。単純で予測しやすい行動、僕は刀の鎬で怒りに染まった拳を受けとめた。
「クッ……刃じゃねぇ所で受けとめてくれるとはなぁ、随分と余裕じゃねぇか」
「痛い思いはさせたくないので、なるべく」
「ハハハッ、優しいなぁ。優し過ぎて、虫唾が走るなぁ!?」
彼の声は笑っていたけれど、表情は無だった。そんな会話をしている最中にも、さらに力を加えてくる。刀が軋む、このままだと壊れてしまうかもしれない。それならそれでもいいが、剣だと絶妙なバランスで保たれていた構えに濁りが生じてしまう可能性がある。僕は、その道を極めていない。なるべくなら、万全の状態で挑みたい。
「ケビンっ、馬鹿な真似はやめてよ。マイケルにさっき言われたことも覚えていないのっ!? 冷静さを忘れないで」
すると、木の枝からベッキーさんが飛び降りて現れる。しかし、それでも彼はやめない。
「覚えてるぜ? ただよ、理解しても受けとめきれねぇってもんがあんじゃん。様子なんて見てられるかよっ、お前らがチキるなら全部俺がやってやる。うだうだごちゃごちゃうじうじ言ってんじゃねぇよ。なら、黙ってろってんだ。力で押し切ってやるぜ」
「馬鹿っ、ケビンも死にたいの!?」
「馬鹿なのはお前だろ? 目の前で奪われて、冷静でいられる方がクレイジーだぜ。それによ、ベッキー。俺達はとっくに死んでんだよ、自覚しろよ。もう人間じゃねぇんだって。でも、お陰で怖いもんなしだぜ! ハハハハハッ!」
「あっそう。もういい、好きにやってればいいわ。わがままなんだから」
何を言っても我を貫く彼に呆れた様子で、彼女はそう呟いて再び木の上に戻っていく。
(作戦会議でもするのかな? まぁ、それならそれでいい。人数は、なるべくなら少ない方がいいんだ。さっきも少し危うかった。抵抗の意思もない彼女らにですら。しかし、ケビンさんは敵意も攻撃的意思も剥き出しだ。一対一の内に、彼を討とう――!?)
「よそ見してんじゃねぇよ。かっこ良く一騎打ちも出来そうだしなぁ。俺も消してみろよ、安らかに屠ってみろよぉぉぉっ!?」
今回の件で、彼を抑制していたものがなくなったのだろう。どんな人間だったのか深くは知らないが、僕にとっても選抜者にとっても厄介な状況なのは変わらない。今、彼にあるのは――煌々とした狂気だけだ。




