二人一緒なら
―シャオ レイヴンの森 夜―
メイを守らなければならない、そう思うと力が湧いた。彼女は、私がいなければ駄目になってしまう。だから、私が傍にいてあげないと。独りぼっちにしちゃいけない。
(こんな残忍な男に、メイを奪われてなるものかアル!)
独特な構えから、まるで踊り子のように美しく刀を振るう。それに合わせて、絶え間なく周辺を吹き荒れ続ける強風。恐らく、これのせいで皆動けない。さっき私が動けたのは、奇跡だったのだ。大事なのは、ここから先なのに。
私達のいる範囲、およそ一メートルは周囲から断絶されているみたいに無風だ。でも、私の後ろにはメイがいる。攻撃に転じるには、あまりに狭過ぎる。
「メイ、大丈夫アル。私がいるアル」
「シャオぉぉ……痛いのは嫌ネ。き、斬られるのは嫌ネ」
許せない。一度ならず二度までも、メイを怖がらせるなんて。また、私達を引き裂こうとするなんて。
(どうにかしないとアル。でも、どうすればいいアル? どうしたら、この男の隙をついてメイを連れて逃げられるアル?)
「大丈夫ですよ。大人しくして下されば、痛みも苦しみも与えずに済むんです」
「ふざけたことを言うなアル! 刃で斬られて痛くないことなんてないアル!」
私は、別に痛みやら苦しみやらはどうでもいい。どうせ死んでいる訳で、どれくらいのダメージを負うのか未知数だから考え切れないというのもある。でも、メイはそうじゃないから感じさせたくない。
「そうですか……それで、シャオさん。どうして、僕に攻撃をしてこないんですか?」
タミは剣を振るいながら、不思議そうに首を傾げる。
「この状況で、攻撃なんて出来る訳がないアル!」
私がそう主張すると、タミは背後に視線を向けた。
「なるほど、優しいんですね。こんな時にまで、誰かを思いやれるというのは尊敬します」
そして、すぐに私に視線を戻して続けた。
「貴方にとって、最優先は僕ではなく……メイさんですもんね。正直、どうでもいいんじゃないですか? 僕のことなんて。メイさんと一緒にいられれば。たまたま、それを妨害しようとしているのが僕だからここにいるだけのことじゃないんですか? 復讐とか未練とかはそんなになくて、彼女と離れたらどうしようという不安があるだけじゃないんですか?」
「っ!? わ、分かったつもりになるなアルっ!」
マイケルの言う復讐なんてどうでもいい――その指摘は、私の心を揺さぶった。すぐに否定出来ない自分がいた。
「確かに、これは僕の勝手な推測です。貴方達の言動を見ての」
「達?」
「えぇ、間違ってますか? この推測、メイさん」
その問いかけに対し、恐る恐るといった様子でメイは口を開く。
「ま、間違ってない……ネ」
「え?」
その言葉は、切羽詰ったこの状況すら無視して温かさをくれた。そんな余裕なんてないはずなのに、ほぼ反射的に振り返ってしまっていた。敵に背を向けるなということは、授業で基礎中の基礎として学んでいたはずなのに。
「シャオと一緒にいられるなら、それでいいネ。この状態になって離れ離れになったのは少しの間だけだったのに、凄く辛かったネ。どうせ、魔力が使えないなら私は役立てないネ。もう、疲れたネ。でも、シャオがここにいるから私もここにいるネ。怖いけど、シャオがいるから……ぅぅうううっ!」
「どうして言ってくれなかったアル……幼馴染アルよ? いいや、生まれた頃から、ほとんど姉妹みたいに生きてきたアル。私達は冥界に行っても、生まれ変わってもずっと一緒アル。離れ離れなんてありえないアルっ!」
あのメイが勇気を持って、自分の意見を言った。それが、とても嬉しかった。私以外に、意見を伝えたということが衝撃的だった。嗚咽を漏らすメイを、思わず強く抱き締める。
(温かい……)
魂だけになった私達が、温もりを感じ合えたのはジェシー教授のお陰だ。それに報いなければならないのに、もはやその気力はなかった。
「貴方達が留まることになってしまったのは、死を体感出来なかったことが主な原因かもしれません。試す形になってしまって申し訳ないですが、でも苦痛は一切ないはずです」
外野が何か言っている。よく分からないけれど、凄く心が軽い。今までに味わったことのない妙な感覚だが、とても心地良い。
覚悟が出来てしまった。役に立てないのは、私も同じ。メイがここに留まる理由が、私だけならばもう選抜者としての肩書きなど不必要だ。私に必要なのは、メイただ一人だけなのだと非情ながら強く思ってしまった。
「……ごめんなさい、この先に貴方達の幸があることを願います」
タミは私達の横に立ち、再び構えて声を震わせる。吹き荒れていた風も少しずつ収まっていく。
(あぁ、でもこのままじゃメイに見えてしまうアル)
咄嗟に、メイの頭を押さえて私の肩に押し付けた。
「夜半の嵐よ、彼女らの魂を運び給え。その美しさの中で――」
独特な形を描き、舞う刀。先ほどまでとは打って変わって、安心感を得られる不思議な風が優しく吹いた。そのお陰か偶然か、刃の冷たさを首筋に感じたのは一瞬だけだった。
「シャオっ! メイっ!」
「いやあああああああっ!」
皆の絶叫と嘆きがいくつか木霊する中で、真っ赤な花を見た。とても綺麗で、鮮やかで……美しかった。そして、その花は私達を包み、やがて空へと浮かび上がる。
「どこまでも一緒アル」
「うん。二人なら、全然怖くなかったネ。シャオ――」




