その命を持つお前しか
―レイヴンの森 夜―
刹那、視界からマイケルさんが消えた。
「……何?」
「ぼけっとすんじゃねぇ!」
彼の行方に気を取られ過ぎて、他の選抜者から発せられ続ける攻撃のことを一瞬だが忘れてしまった。その合間を、見事にケビンさんに捉えられた。
「がっ!?」
背中に走る激痛、それが瞬く間に全身へと広がる。痛みの余韻から、ケビンさんに蹴られたのだと察する。その勢いは、凄まじく僕は向かいにあった木に正面から衝突した。
体を動かしているつもりでも、動いているという感覚がなく立ち上がることすら出来ない。先ほど、僕が避けた攻撃が直に来たのだから当然の結果かもしれない。
「君の相手は、ここにいる全員だ。どんな手段を使ってでも、私達はこの世から君を葬り去る。私達は全て聞いた。アーリヤの息がかかった者は、あの場で君を除いて全員亡くなったと。当然だ、どんな理由があろうと彼らの犯した罪の数々のことを考えると同情の余地はない。しかし、私達を欺き裏切り、多くの者を傷付けた君が何故のうのうと生きている? あの場で死んだカラスやマフィア達を操っていた君が……支配する立場にあった君が、平然と生きているその事実が私達は許せないっ!」
ゆっくりと歩き、倒れている僕の方へと歩いてくるマイケルさんの姿が霞んで見える。はっきりとは見えないが、殺気は感じ取れた。まるで、鬼のようだ。
「待って下さい、下手に近付いたらこの男は何をしでかすか分かりません。まずは、私達が防御を――」
「その必要はないよ。最初に伝えたはずだ、君達は魔力を消費するような行動をするなと。各々、自分の身は自分で守る。過去のようにはいかない、その現実を認識するべきだ。先ほどの行動は無茶で、連携に支障をきたす。この状態で、誰一人として欠けさせる訳にはいかないんだ。大丈夫、私達には仲間がいる。皆を信じろ、分かったね?」
僕だって、こんなのでも選抜者の一員であり同じ大学の生徒だったのに。彼らにとっては、排除するべき憎しみの対象であるのだと改めて強く理解する。
これ以上、痛い思いはしたくない。けれど、七対一であること、感覚が戻ってこない体のことを考えると気力が奪われていった。
(最悪、死んだフリでもすればいいのかな。それで、彼らが満足するのなら――)
その時、僅かに風が吹いた。それに紛れ、太平の龍の声が聞こえた。
『巽戦ってくれ、フェアじゃないことは分かってる。でも、お前と本気でぶつかり合わせてやらねぇと……こいつらは救われないんだ。頼む、ただ全力で本気でこいつらと向き合ってやって欲しい。こんな形で、この世界に留まることになってしまったこいつらを救えるのは、お前しかいねぇんだ……その命を持つお前しか』
その声に対する、彼らの反応はなかった。声が聞こえていれば、何かしらの反応をしていたはずだ。しかし、それがなかったということは――太平の龍は、僕だけにこれを伝えたかったのだろう。
(救ってくれって、頼む人を間違えてるよ。だけど……)
僕が、彼らの死の一端に関わっていたことは紛れもない事実。太平の龍もとい、ジェシー教授と選抜者達は強い絆で結ばれていた。それを滅茶苦茶に、彼らの未来を奪ってしまった。その責任を、彼らと本気でぶつかり合うことで取れるというのなら――やるしかない。
「があああああああっ!」
叫び、心と体を奮い立たせる。
「っ!? 皆、離れるんだっ!」
おかげさまで力は満ちている。それを解き放ち、周囲の自然と呼応させていく。風が、土が、木々が、花が、森にある全ての物が僕の手に落ちてくるのを感じた。




