余裕は与えない
―レイヴンの森 夜―
「っ!?」
頬を駆けるような鋭い痛みを覚え、僕は目を覚ました。一体何が何やら、さっきまで僕は街にいたはずなのに、景色が一変していた。
(なんだ……?)
混乱しながらも、痛みの走った頬に触れて手を見た。すると、そこには薄っすらと血がついていた。
「え?」
その瞬間、敵意を持った視線を上から感じた。見上げてみると、黒い影が勢いよく僕に迫ってきていた。身の危険を感じ、咄嗟に僕は横に転がった。
それとほぼ同時に、地響きがするほどの衝撃が先ほどまで僕がいた地面にぶつけられた。
「チッ……外したか」
砂埃も起こる中、その人影はふらふらと僕に近寄ってくる。
「久しぶりだよなぁ。俺は……俺達は、まだお前を許してねぇからなぁ! タミぃっ!」
「はぁあああっ!」
間髪入れず、無数のナイフが雨のように降り注ぐ。死なないのに、それ相応の痛みを味わうのは嫌だ。苦しみが永遠に続く。だから、防御魔法を展開して身を守った。
すると、今度は二人の人影が現れて、前方と後方から蹴りと拳を飛ばしてきた。ところが、不慣れなようで軌道がよく見えた。
「逃げることしか出来ないアル!?」
「同じ選抜者として、がっかりネ!」
どうやら、状況を理解する余裕は与えられていないらしい。いや、それこそが目的なのかもしれない。冷静さを奪うことで、有利に戦いを進める。卑怯だろうがなんでもいい、僕を痛めつけることが出来るのなら。
(同じ選抜者、僕を恨んでいる。なるほど、そういうことか。あの脱走した魂というのは、やはり彼らのことだったんだ。まさか……ここまでのことをされるなんて、いや、当然か)
「お望みなら、いくらでも手を出しますよ」
僕は、彼女らの攻撃を避けて試しに竜巻を起こしてみた。霊体となった彼らに、魔力を用いた攻撃は有効であるのか確かめる為だ。
「させません、メアリーっ!」
「分かってる! 皆を守るっ!」
次から次へと、本当に忙しい。色々な所に潜んで好機を狙っているのだろう。僕の起こした竜巻は、ジョンさんとメアリーさんによってあっという間に静められた。
しかし、これで分かったことがある。魔法や魔術は、彼らに通じると。
(でも、原理がよく分からないな。分からないといえば、彼らの意図もだ。僕と戦うことで、彼らの無念は晴れるのか? 何の意味がある?)
「――その態度、アーリヤから解放されても変わらないのか。それとも、私達を不快にさせる為の演技なのか?」
上空からふわりと、一人の人物が降り立つ。その間にも、あらゆる方面から攻撃は受けていたが、何とか避けることは出来ていた。要望の攻撃を提供する余裕は一切なかったが。
「丁寧に対応する余裕がないからですよっ!」
「あぁ、そうだな。それを与えるつもりは、これっぽっちもない。配慮に欠ける言葉だった、訂正しよう」
「それは、ありがとうございます。それで、どうしてこんなことを? 何が貴方達にそうさせているんですか?」
その問いに対し、選抜者のリーダーだったマイケルさんは落ち着いた様子で答えた。
「裏切り者が生きていることに、納得がいかないからだ」




