糸を辿って
―マイケル レイヴンの森 夜―
「……まけた、のか?」
魂だけになったこの身は疲れを知らなかった。体も軽かったし、気にかかるのは魔力の消費だけだった。魂が消滅する、あの女性に捕まるといった最悪の結末からは逃れられ、無事にこの森に辿り着いた。
(やっぱり、ここから教授の気配がする。それに、皆も既にここに来ているようだ)
死ぬ前は、ここまで敏感に気配を感じることは出来なかった。不思議なものだ、肉体という枷が人間として程良い感覚になるように調整していたのではないかと思うくらい。
「こっちか」
どこの道を通っていけば、教授達に会えるのかが分かる。糸で引っ張られているかのような感覚だ。
この森は、下手に歩くと迷子になる。規模自体はそこまでではないが、中が複雑に入り組んでいる。加えて、かつてこの森がカラスの根城だったという事実もあり、皆ここを避けていた。
だから、私自身もよく知らない。そのはずなのに、感覚に従うとあっという間に目的の場所へと辿り着いた。私が出たのは、少し開けた所。大木がどしんと構えていて、神聖な雰囲気があった。
(小さい頃は、近付いたらカラスにさらわれると大人達に脅されたものだが……そんな雰囲気は、微塵もないな。むしろ、心地良さすら感じる。これが、自然の力という奴なのだろうか。学内や家の周りにもそれなりにはあったが、やはり違う)
皆の姿も見えた。皆、何故だか天を仰いでいる。近付く私に気付いている気配もない。相当に夢中になっているらしい、視線の先のものに。
(どうしたんだ? 何かあるのか?)
「――マイケル、か」
すると、低い声が辺りに響いた。仲間達の声ではない、そう確信した。彼らは気付いていなかった。他の誰かが、私の存在を察して声をかけてきたのだ。
「まさか、驚いたぜ。お前達が、そんな状況になってまで……俺の所に来てくれるなんて。よく分かったな。流石は、選抜者だ」
知らない声、不気味な声だ。けれど、話し方とその言葉で何者であるかが分かった。そして、そこでようやく皆がこちらへと振り返った。
「ジェシー……教授?」
聞こえる方へ歩みを進める。すると、次第に見えてきた。皆の視線の先にあったものが、この不気味な声の正体が。そして、それこそが私達の捜し求めていたジェシー教授そのものであるという事実が。
「嗚呼。元気……ではないよな。うん、まぁ、久しぶり」
そこにいたのは、一体の緑色の龍だった。怖さなどはなく、穏やかな瞳で私達を見下ろしていた。何が現実で、何が夢なのか、衝撃を飛び越えると何も反応が出来なくなってしまうことをこの状態になって知った。
「お前達の求めていることは、何となく分かってる。隠すことでもないし、知る権利はお前達にある。さて、どこから話そうか――」




