退屈に飽いた者
―創造主 ? ?-
虚ろな目で涙を流す巽を、慈しむような瞳で見つめる女性――ガイア。金色に染められた髪の下には、彼女の隠す真実が眠っている。
「これで……良かったのよね」
「みゃ~」
黒猫は一度鳴いて、「そうだよ」と答えた。そして、地面を蹴って宙返りをする。その間に、黒猫の姿はフードを被った少年の姿に変わった。
「やりゃ出来るじゃん、てか俺の時にもそんな愛情を見せてよ」
「貴方は、この世界で生まれ落ちた訳じゃないでしょう。お母さんは、この世界の生物のお母さんにしかなれないの」
「冷たいねぇ。まぁ、別にいいよ。確かにその通りだし、俺にはそんな存在ないから。さて、そろそろそれをこっちに渡して貰っていい? 持って行かないと」
フードの少年は嗤いながら、巽を指差した。
「お母さん、心苦しいけれど……それが、あの子の意思なら。それで、全ての子供達が救われるのなら」
ガイアは儚く微笑むと、少年に巽を手渡した。少年の体格を考えると、大人の男性である巽を抱えて立つのは辛いはずだ。しかし、彼は表情一つ変えずに巽を腕に抱いた。
「ありがと。うぉ!?」
そのタイミングで、強い風が吹く。すると、少年の被っていたフードが外れてしまう。そこから露になったのは、頭に生えた猫の耳。
「ヤベ、これ変な目で見られるんだよな」
少年は顔をしかめて、頭を激しく動かしどうにか元に戻そうとした。しかし、残念ながらいいようにはならない。
「はぁ……おい、これ被せてくれ」
諦めた様子で、少年は言った。
「もう何もしたくない。疲れたの。もうあたしのやるべきことは終わったでしょう? もうこれで十分でしょう? 何も言わないで。とっとと、そいつを連れてってよ」
「はぁ? ちょっと被せてくれって頼んだだけだろ。見てみろよ、俺の両手は塞がってんの。どうにか出来るのは、この状況でお前だけだろ」
「うるさい! うるさいうるさいっ! もうあたしはやった。やったの!」
すっかり様子の変わったガイアに、少年は呆れの表情を見せる。
「クソババァが……いいよ、もう。屋根伝って行く」
不満を漏らすも、小声であった為に彼女には届いていない。いや、届かせるつもりなどなかったのかもしれない。通常の状態の彼女に、棘のある言葉を浴びせると倍になって返ってくる。波のような感情に襲われて、心が酷く疲れてしまう。それを知っているから、少年は道端に聞こえないよう不満を吐き出す程度に留めた。
そして、少年は巽を腕に抱いたまま地面を力強く蹴って、ふわりと空を飛んで建物の屋根へと着地し、軽快に屋根を伝う。
(行き先は、レイヴンの森か。わざわざ少年が運ぶのは、なるべく最高のパフォーマンスを巽に求めるからか。泉下妃は、悔しいだろうなぁ)
いくつかの視点で、気になるそれぞれの人物の様子を見比べる。蝶を操り、魂を探す泉下妃。その目を盗んで、レイヴンの森へと駆ける魂達。
(彼女には悪いけれど、この問題は片付けなければ意味がない。遠回りになるし、勝気な彼女は嫌うだろうが……一つの結末を見届けるとしよう)
試作品であり、失敗作。加えて、穢れた魂の牢獄である為に数ある世界の中でも最下位。しかし、こんなにも楽しませてくれる。退屈することにも飽きた私にも、刺激をくれる。
(神の候補の活躍も、この目に焼き付けようではないか)
もうすぐこの世界の日が沈む。何も起こらないのか、はたまたイレギュラーな出来事が起こるのか――期待を胸に、私は観察を続ける。




