僕の為は、彼の為
―ダイニングルーム 昼―
机の上に所狭しと並べてあったのは、白い皿に引き立てるように乗せられた生肉達。臭いからも伝わったが、間違いなく新鮮なものだ。まるで、さっき肉を下ろしたかのように。
すると、僕の背後からアルモニアさんが現れて何の躊躇いもなくズカズカと部屋の中に入っていく。そして、皿を一つ持ち上げて香ばしそうにそれを嗅いだ。
「あ、巽。ちゃんと用意してあげたわよ、美味しい美味しいご飯を。そういえば、その時期だったわよねぇ。頭の中からすっかり抜け落ちてたわ。だから、最近ずっとまともに食べてくれてなかったのね。アハハハ……さあ、遠慮なんていらないわ。まぁ、これくらいしかないから足りないかもだけど」
現物を目の前にして、さらに食欲は増す。肉を得て、満たされたいという欲求が解放されたいと暴れ回っている。
「そんなこと……別に……いら、うぅっ!」
そして、いつもの如く頭痛が僕を襲った。原因は明らか、本能を掻き立てる物を直視してしまったからだ。こうなってしまうと、自分ではコントロールすることが難しい。
「アハハ……こんな時に強がらなくていいのに。少しくらい欲望に忠実になれば、すぐに楽になれるわ。だって、ほら……体はこんなにも素直よ」
彼女は蔑むように微笑むと、ステッキをくるりと数回も回転させた。すると、ステッキは手鏡へと姿を変えて、それを僕に向けた。そこに映っていたのは、あられもなくよだれを垂らす僕の姿だった。
「あ、ァ……ウ゛……」
ついに、声や言葉すらまともに出なくなった。姿だけが奇跡的に人を保っているだけで、中身は完全に獣へと成り果てていた。
一時的な対処でしかないが、とりあえずここから出て気持ちを落ち着かせようとした。だが、それを彼女に見抜かれてしまう。
「残すつもり? 折角、あの子達が狩ってきてくれたのに」
手鏡を回転させると、今度は縄へと姿を変えた。それで、僕を拘束してさらに皿の近くへと手繰り寄せる。抗う余裕は、僕にはこれっぽちもなくされるがままであった。
「イ゛アッ゛!」
「お腹が空いているんでしょう? 本当は食べたくて仕方がないんでしょう? 美味しくご飯を食べたいんでしょう? 力の為には、栄養が必要だって分かってるんでしょう? 巽の求めるものは、これを越えた先にあるのよ。何を迷う必要があるの? 何を戸惑う必要があるの? ほら~ぁ、まずは一口食べてみなさいよ」
いつになく親切な彼女、裏に何かあるのは間違いなかった。きっと、そういう風に命令を下されたに違いない。だから、わざわざ料理をこれに変えてくれた。そして、親切にそれを食べさせようとしてくれている。僕の力の為、それはあの男の為にもなるのだろう。でなければ、こんなことを丁寧にしてくれるはずがない。
「チッ。あぁ、もう! 面倒ね、おんぶにだっこをしてあげないと食べられない? いいわよ、お望み通りにしてあげるわ!」
そして、彼女の両手は僕の口を無理矢理こじあけ、肉を放り込んだ。




