屋敷に広がる異様な臭い
―自室 昼―
「はぁ……」
ゴンザレスと話すのは、心がとてつもなく疲れる。元々あった疲労と相まって、体が異常なほど重かった。
「お腹が空いた……」
そして、襲ってきたのは尋常でない空腹だった。生理的な欲求と、開かずの扉を隠し持ち続ける為に継続して魔力を消費しているせいだ。
普通なら、欲求を満たす為に食べれば解決する問題。しかし、簡単にそれが出来ない理由があった。
(あの無味な料理を満たされるまで食べるなんて……余計、疲れてしまう。でも、食べない訳にはいかない。我慢しなきゃいけないことくらい分かってるのに。あぁ……くそっ!)
どれだけ経験したことがあっても、耐えられないものだ。覚悟していても、苦しいものだ。受け入れても、逃げ出したいものだ。
(だけど、このままでは……! あぁ、もう駄目だな! 僕は!)
自分にイライラする。ゴンザレスとのこともあって、余計に。この怒り、一体どこにぶつければいいのだろう。
「ん? この匂い……」
部屋の中で悶々としていると、扉の向こうから甘い香りが伝わってきた。その甘い匂いは、優しく僕の鼻を撫でてさらに食欲を掻き立てた。
(美味しそうな――って、違う。この臭いにそんなことを考えちゃ駄目だ。だって、この臭いはっ!)
僕は部屋から飛び出して、臭いの発現地へと向かった。新鮮な――血の臭いが漂ってくる場所へ。
(ダイニングルームからだ。なんで、そこから血の臭いがするんだ? しかも、それぞれ血の系統が違う? 色々な生物の血の臭いが混ざって感じる)
近付けば近付くほど、その臭いは鮮明に強烈になっていく。それによって、気が狂ってしまいそうになるくらい食欲が押し寄せてくる。
(耐えろ! 耐えろ耐えろ耐えるんだ!)
どこか遠くへ押しやられてしまいそうな自分の意識を、呼びかけることで何とか食いとめる。獣としての本能と人間としての理性が、瀬戸際で戦い続けていた。
獣の部分を今まで抑えてくれていたのは、彼だったのだろう。今、僕が味わっている苦痛を知らぬ間に背負ってくれていたのが彼だったのだろう。今更ながら、そんなことに気が付いた。決して楽なことではない。彼が目覚めるまでの間は、僕が強く意識しなければならなくなる。そう考えると、苦しかった。
(彼がやっていたこと、僕にだって出来る! 出来るんだ……僕は、出来る)
ついに、ダイニングルームの目の前にまで来た。いつもと見た目は変わらない。ただ、そこから漂う臭いに異変は生じていた。そこに飛び込んでいかなければならない。
正直、自信がない。ここに来るまでの間に、何度も本能に飲み込まれてしまいそうになったから。
「はぁ……くぅ!」
意を決し、僕はダイニングルームの中へと入った。そして、すぐに気が付いた。普段、食事をする場所に異様な光景が広がっていることに。屋敷全体に広がる異臭は、間違いなくそこから発せられていた。




