本も嬉しい
―街 昼―
その瞬間、バラバラと物が落ちていく音が響いた。我に返ると、目の前には転がるいくつかの本とその中で尻餅をついている少年……? がいた。格好は少年っぽいが、顔は少女のようであった。
「ご、ごめん! 大丈夫かいっ!?」
しかし、今は目の前の人物の性別を正確に判断することにこだわっている場合ではない。少年ということにしておこう。些細な問題だ。僕は慌てて、その少年の前にしゃがみ込み、様子を見る。
「大丈夫……本を落としちゃっただけ。俺も、ちゃんと前見てなかったから……」
確かに、目立った怪我はなかった。
「そうか、良かった。でも、ごめん。こんなに重そうな本がいっぱい……この本、全部君が持っていたの?」
「うん、捨てようと思って」
「捨てるのかい、これを?」
「もういらないから。誰も読まないから」
「そうなんだ……」
散らばる本は、子供が読むには分厚くかなり古そうに見えた。事典か何かだろうか。
(ん?)
その中の一つに目を引かれるものがあった。それは、龍の絵が表紙にしっかりと刻まれた本だった。僕は、思わずそれを手に取った。
「それに興味を持つんですかぁ」
「え?」
聞き間違いだろうか、少年のものではない声で少年の方から声が発せられた気がした。本の方を見ていたので、正確かと言われると自信がない。
「何?」
「あ、いや……さっき何か言った?」
「ううん、何も言ってないよ? 聞き間違いじゃないの? ほら、周りにいっぱい人がいてうるさいから」
少年はくすりと笑って、周囲をきょろきょろと見渡す。
(そうだけど、そうなんだけど……でも、さっきの声は……)
アーナ先生に似ていた。いや、そのものだった。現実的に考えればありえないけれど、もう何が現実なのか分からないことばかり起こり過ぎて何でもありな気がする。
それに、周囲の声は意識しなければそんなにはっきりとは聞こえない。しかも、内容的にどう考えても僕の行動に対しての言葉だったように感じたのだが。
「お兄ちゃん、その本いるならあげる。どうせ、捨てちゃうし」
「本当に捨てちゃうんだ。なら、貰おうかなぁ」
表紙に刻まれているタイトルは、シンプルに『龍』だった。創作系の話でなければ、何か重要そうなことが書いてありそうな気がした。見た目もかなり古そうだし。
「うんうん、本もその方が嬉しいと思う」
少年は満足そうに他の本を拾うと、立ち上がった。とても重そうだ、よく立っているなと感じるくらい。
「僕も持とうか? 重いだろう?」
「ううん、いいよ。こう見えて結構……力持ちなんだ、俺はね」
そう言い残し、少年はすたすたと歩いていく。その背中はたくましく、もはや声をかける余地もなくあっという間に遠くへと消えてしまった。
(帰ったら、内容を見てみるか)
そして、僕はまた喧騒に包まれた街の中を一人歩いた。




