対なる龍
―N.N. 上空 昼―
上空に集う数名の組織の仲間達。今回は、全体がよく見渡せる場所に彼らを呼び寄せて正解だったと思う。絶妙なタイミングで、事が動き出してくれたからしっかりと観察出来た。
「彼が、あの扉を回収したようね。まぁ、分かり切っていたことだけれどね。彼とあの扉は、もはや切っても切れぬ縁で結ばれているもの」
イザベラは、コットニー地区を駆けていく巽君の姿を見ながら静かな笑みを浮かべる。
「嬉しそうじゃないか、イザベラ」
「計画通りに進んでいるのだから、こんなにも嬉しいことはないわ。それが、普通よ。それより、その名前で呼ぶのはやめてって言ってるでしょう。そもそも、組織の中で通称がそれぞれあるんだから、本来それ使うべきでしょう? 何百回言えば、分かってくれるのかしら。貴方の脳みそはしっかりと詰まっているはずなのに、どうしてこんな単純なことは分からないの?」
相変わらず、本名で名を呼ばれることを嫌悪する。実の両親から与えられたその名は、彼女にとって穢れでしかないのだ。
「君のその名が好きだから。つけた奴らがどうとかは関係ない。君の名は、美しい。好きなんだよ」
「え?」
膨れっ面になっていた彼女の表情が僅かに緩んだ。
この気持ちに嘘はない。名前もイザベラは美しい。その美しさに加えて、組織の二番目として自分の代わりを果たしてくれている。しかも、本来の役割ではない「母親」としてまでの姿までこなしている。彼女の負担を思うと、心が痛んだ。心優しい彼女にとっては、本当に辛い役割だろうから。
「いちゃいちゃしてるとこぉ、悪いんですけどぉ……私達もいるんですよぉ」
すると、自分達のやり取りに飽きてしまったのか、茶髪の白衣に身を包んだ女性がため息交じりに割り込んだ。
「いちゃいちゃだなんてしてないよ。ただの日常会話だよ」
「そうは見えんがのぉ……フォッ」
穏やかな顔つきで、彼女の隣にいた老人が言った。こういう会話は、脱線してどこまでもいきがちだ。ここで、切っておこう。
「まぁいいや……それで、君達の方はしっかりやってくれたのかな? 記憶のない間の事件を、巽君に認識させてくれたの?」
「当然ですよぉ、ちゃ~んとやってのけましたぁ」
「ちょっと心苦しかったがのぅ」
二人は顔を見合わせて、不敵に微笑む。
「……じゃあ、次は分かってるね?」
この二人だから、出来ることがある。いや、正確には――。
「扱いが酷いですねぇ」
「いいのじゃ、それが分かった上でわしらは協力しておるのじゃから、フォッフォッ! さて……ならば、期待に応えるとするかのぉ」
老人は高笑いをすると、隣にいた白衣の女性と手を合わせた。すると、二人の体は発光し始める。
「でもぉ、人にお願いをする時はもうちょっとそれに見合った誠意を見せて下さいねぇ」
「女龍よ、忘れておるのか? わしらは人間ではない」
「あぁ、そうでしたぁ。変幻の力は、私達自身まで飲み込んじゃうから困っちゃうんですよねぇ」
そして、発光を始めた二人の体は徐々に一つの体へと融合していく。もはや、それを見て驚く者はもうここにはいない。
「わしらは、二体で一体。対なる龍でもあり、一体の龍でもある。お主の名は、女龍。わしの名は、男龍。それ以外の名は、わしらが作り上げた虚像でしかない。そのことを忘れるでないぞ」
その呼びかけに対して、傍から見ている分に答える者の姿は既になかったが、恐らく彼らの中で会話はしているのだろう。
そう、彼らは元々は一体の龍だ。望むのであれば、何体にでも分裂し姿をそれぞれ変えられる。数が増える分だけ、各々の力は弱まってしまうようだが二体くらいまでなら支障はない様子である。
「アーナ先生、エルナ、臼村教授、コルウス……次は何を作り上げるのかな?」
「分かっているのに、本当に問いかけるのが好きね」
「万が一にでも、違ったら面白いじゃないか……って、あれ? もういないや」
「命令しているんだから、歯向かう訳がないじゃない。本当に変な人」
「そんなに怒らないでよ」
「いいから、次の話をしましょう」
少し気を逸らした内に、龍は姿を消してしまっていた。新たな姿になった彼らの行き先、勿論分かっている。
それは主を取り戻したレイヴンの森、変幻の力を使えば同じ龍がいても悟られない。それくらい圧倒的だ。しかも、今は一体である分より確実。
「うん、そうだね――」
楽しみだ。太平の龍がいる場所で、どんな争いが繰り広げられるのか。期待半分、空しさ半分噛み締めながら遠くにある森を見つめた。




