掌握せし力は僕の中で
―保健室 朝―
僕には人としての在り方を失った代わりに、他者にはない力がある。ある時は忌憚し、またある時はそれにすがる。自分自身でも分かっている、都合がいいと。
本来、大勢の認識を変えるなど、人には出来ぬこと。しかし、彼のお酒を飲んだことのある人物の認識を変えるという力をもってすれば、それが出来る。絶望的なこの状況に、僅かながら光が差し込むのだ。
(でも、今はこの状況だ。そもそも使えるのかどうかすら……)
しかし、その光ですらも今は掴めない。何故なら、彼は深い眠りに落ちてしまっているから。その力が使える可能性は、かなり低かった。一応、試して確認しなければならないが。
「アーナ先生は、アリアが犯人ではないと思っているんですか?」
「そりゃあ、そうですよぉ。だってぇ、あの子はそんな子じゃないですもぉん。これでも、先生って呼ばれる職種に就いてますしぃ? それにぃ、私は結構色々な所でみ~んなをよく見ているんですよぉ? そのお陰もあってか、それなりに信頼されている方だとも自覚していますしぃ。ウフフ……」
アーナ先生は、どこか含みのある表情で笑った。
「じゃあ……アーナ先生が、先陣を切ってアリアが犯人じゃないと主張さえすれば、もしかしたらそれについてきてくれる人もいるかもしれない――」
「それはぁ……嫌ですねぇ」
食い気味の否定、まさかの言葉、僕は驚くしか出来なかった。
「だってぇ、もしそれでぇ……警察やら何やらに目をつけられたら困りますしぃ、何より学生達を危険に晒す可能性がありますぅ。一度、この学校では選抜者八名とその指導者に当たっていたジェシー教授が帰らぬ人になってしまいましたぁ。ここで、私が声を上げて学生達を引っ張ったとしてぇ……何かあったら、今度は同情すら貰えなくなってしまうでしょうねぇ。命に関わる失敗は、二度は許されませんからぁ。最悪、閉校にだって追い込まれてしまう可能性がありますぅ。一教員として、弁える部分は弁えなくてはいけませんしぃ」
至極真っ当な言い分だった。教員という立場がある以上、勝手な振る舞いは出来ないと。けれども、その言葉が彼女から出てくるとは思わなかった。その自覚があるような人には見えなかったからだ。
だけど――。
「アーナ先生の考えはごもっともです。ですが……このままでも、いいとは思ってはいないでしょう? それに、アーナ先生なら出来るはずです」
僕は、そんな彼女を強く見据えながら言った。力が発動するかどうかを試し、確認する為に。
(あれ? 何も感じない。発動している感じがしない。嗚呼、やっぱり……)
「皆を引っ張り、守ることが。それもまた、教員として当たり前のことじゃないですか?」
言い切っても、その感覚は変わらなかった。この力は、厄介なことにまだ彼と共に僕の中で眠りについたままのようであった。
「えぇ? 急に何ですかぁ? まるで、諭すかのようですねぇ。気持ちは分かりますが、貴方も立場を弁えて下さいねぇ。偉そうでむかつきますよぉ」
力が発動しなかったということは、僕がただ上から目線で物申しただけ。彼女は笑っていたけれど、静かに怒りを滲ませていた。
「すみません……」
とりあえず、謝るしか出来なかった。
(覚悟は出来ていたけど、やっぱり恥ずかしいな……)
眠った力を呼び覚ます方法、それはもう知っている。残忍で残酷で非情なやり方だ。でも、やるしかない。もうやってしまったし、それしかないから。
「あ、あのっ! アーナ先生、僕やることがあります。お邪魔して、偉そうに言ってすみませんでしたっ!」
「えぇ? でもぉ――」
「失礼しますっ!」
そして、僕は逃げるように保健室を後にした。




