それが僕の贖い
―保健室 朝―
(違う、この事件は……)
小見出しの中に書いてあった文章の最後、僕の感じた違和感を片付ける文があった。それを見た瞬間、体の中にある全ての臓器を吐き出してしまいそうになった。
『――事件前日、もう一つ不可解な惨殺未解決事件が起こっている。奇妙なことに建物の崩壊や遺体の損傷の仕方が一致している。ただし、こちらは黒いライオンのような化け物の目撃証言があった。そして、警察関係者によると公式発表にはないが、どちらの現場にも人間のものではない黒い毛が落ちていて、建物の破壊に魔術等が使われた形跡は見つからなかったという。しかし、的確な証拠は得られていない為に捜査は難航している。近隣住民の不安の夜は明けない』
(僕だ、僕がやったんだ……)
前日の事件は、間違いなく僕。黒いライオンなんて、この世界にはいない。それが存在する瞬間があるとすれば、コントロールが失われた獣が僕の中から解き放たれてしまった時だ。
そして、その次の日にあったアリアが犯人として追われている事件も、間違いなく僕だ。不自然なほど残っている証拠、人の所業とは思えない残忍さ、公表されなかった事実――それらを組み合わせていくと、犯人像はアリアから僕へと変わった。
(証拠が残っているのは、それを消せる冷静さがなかったからか、もしくは証拠という概念すらなかったからだ。アリアが人を、しかも父親を殺す訳がない。惨殺なんて、論外だ。そして、明らかに捜査が進展するにも関わらず有益な証拠を隠す理由……もし、そこに僕が関わっているとすれば……)
僕には、常に行動を見張る監視者という存在がいる。過干渉こそは避けるものの、僕に何か不利益を被るようなことがあれば行動を起こす。その理念は、僕の記憶がない時と変わってはいないはず。
当時、監視者を務めていたのはクロエ。その行動理念に沿っていたのだとすれば、彼女はきっと僕の不利になるようなことを避ける為に行動を起こしただろう。
(命を投げ捨て、僕が家族を手にかけるという事態を回避した。彼女は、それくらいのことをやってのける人物だった。監視者の信念は、正義にも悪にもなりうる。僕という存在のことしか考えていないから……)
しかも、彼女の背後にいるのは、僕には想像もつかない大きな組織。警察という組織を操るくらい造作のないことだと思う。その結果、アリアは犯人として罪を着せられた。僕の代わりに。
(僕の罪なのに、僕が背負うべき業なのに)
情けなくて悔しくて、僕はその場に崩れ落ちた。
(どうして……よりにもよって、アリアなんだ……)
僕の為に優しい言葉をかけてくれた、友達だと言ってくれた。そんな彼女が、苦しみを抱えていたなんて知らなかった。苦しんでいたのは、僕だけではなかった。本当は、他人を気遣う余裕などないはずなのに。不安と絶望の中で、アリアは僕を――。
「くそっ……!」
手の中で、新聞がぐしゃっと歪む。気付けなかった、気付くべきだったのに。
(悪いのは、クロエでも警察でも彼でもない。何も知らず、のうのうと生き、罪をアリアに押しつけた僕だ)
何としてでも、僕はアリアを救わなければならない。恐らく、犯人が僕だと言ってもアルモニアさんを含めた者達に消されることは目に見えている。ならば、せめて彼女を犯人という枠から出さなければいけない。
それが、罪人である僕の使命。罪から逃れ続けていた僕への贖いだ。




