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意を決して

―ダイニング 夜中―

「……このドレッシングって、君が作ったの?」


 正直、十六歳の少女が作ったとは思えない出来だ。サラダにかけられたドレッシングは、ひんやりとした野菜に見事にマッチしている。


「そうだけど? ごまドレッシングよ」

「ごまかぁ……いい味だね。このドレッシングは、トマトの甘さにもレタスの瑞々しさとシャキシャキ感にも反してなくて……つまり、元々ある野菜の味や質感を否定せず許容して、さらに自身のその味でその魅力を引き出してるよ。凄いね」

「……夜中に、そんなに長ったらしく言わないでくれる? 余計イライラしてくるから」


 クロエはそう言いながら、クロワッサンを乱雑に引きちぎる。


「どうして美味しいのか、そういうのをちゃんと言わないと、女の人は怒るってトーマスさんに前聞いたから言ってみたんだけどなぁ」

「今、そういうのを求めてないから」


 そして、クロエは引きちぎったパンを口に投げ入れる。いい加減、機嫌は直して欲しいものだ。折角の食事が、辛いものになっている。


「難しいな……」

「まぁ、そのサラダのドレッシングが美味しいのはよーく分かったわ」

「でも、嬉しくないんだ?」


 僕には分かりそうもない、褒められて嬉しくないことが。悪意のない誉め言葉で、どうして不快感を滲ませるのか。褒められたら、むしろ機嫌も良くなりそうなのに。


「美味しいのは当たり前なの……だって――」


 クロエは右手のパンを握り締めた。それによって、グシャッとパンが一瞬で形を崩される。柔らかいパンだから少しでも力が加わればすぐに形が歪むのも分かるが、形ある物がこんなことになってしまうのは少し恐怖を抱いてしまう。


「だって?」

「あ、ごめん。何でもない。さ、さっさと食べて。私、この後片付けもあるんだから。あんまりチンタラされたら、イライラするから」


 クロエはハッとした表情を浮かべて、何かを誤魔化すように話を変えた。そして、ぺっちゃんこになったクロワッサンをそれなりのサイズであるにも関わらず、丸々全て口に突っ込んだ。


「う、うん……」


(ヤバイ……面白い。でも、笑っちゃ駄目だ)


 口いっぱいに詰め込まれたクロワッサンを喉に通りやすくする為に小さくする為に噛んでいるのか、クロエの頬が激しく動く。それは、まるで食べ物が少なくなる冬に備えて食べ物を貯蓄するリスが、口の中に木の実を必死に詰め込んでいる時のようだった。

 そして、クロエのその様子は個人的にツボだった。しかし、笑ってしまうと絶対に今より機嫌を悪くさせてしまうだろう。だから、僕は口の中の皮を必死に噛んでそれを堪えた。


「あ、まだ全然食べてないじゃない。もー本当にイライラする~!」

「いいよ、今日は僕が片付けるから。クロエは自分のことをして。いつもいつもありがとう。美味しかったよ」


 僕のその提案で、クロエは少しだけ機嫌を良くしてくれた。僕も暇ではないけれど、流石に何もかもを彼女に押し付けてしまっては駄目だろう。

 レストランで鍛えた力を遺憾なく発揮する場だと思って、僕は意を決した。

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