審判の結果
―学校 朝―
気分が悪い。味のない物を、淡々と流し込み続けたからだろう。そのせいで、呪術を教えてくれる臼村教授の声も、いつも以上に頭の中に入ってこない。耳から耳へ通り抜けていく感じがする。
「――タミ君! タミ君!」
「え? あぁ……」
「どうしたんじゃ? 最近、あまり講義に身が入っておらんようじゃが。あまりに続くようじゃと、態度の部分に響くぞ?」
「す、すみません……」
どうやら、バレていたらしい。集中して静かに講義を受けていた周りの学生達も、僕の様子が気になったようで空気が緩んで少しざわつく。
「講義が分かりにくいかの? それで、いまいち身が入らんとかかの? そうであれば、わしも改善したいのじゃが……」
「あ、いえ、そんなことはないです。ごめんなさい。悪いのは僕ですから、気にせず講義を進めて下さい」
呪術は、僕にとって非常に興味のある科目。それに、身近でそれなりに知識もあるから理解しやすい。ただ、今の僕には集中することが難しいのだ。気持ちを切り替え、講義に集中し知識を身につけなければならないことは十二分に理解している。
だが、理解していても行動に移せない時はある。それが、今なのだ。気が滅入って滅入って仕方がない。
「う~む」
僕なりの気遣いも空回りに終わってしまったようで、教授は不満げな様子で僕の席に歩み寄る。
「え……何ですか?」
そして、僕の顔をじっと凝視した後に頬を綻ばせて言った。
「無理は良くない。この位置から顔を見ると、よ~く分かる。顔色が悪いぞ。老体になると、目が見えなくなるのが困るのぉ。ほっほっ、一ヶ月近くも体調不良とは。大切な学生に、何かあっては困るでの。保健室に行った方が良いぞ。そして、病院にも行った方がいいと思うのぅ」
「大丈夫、大丈夫ですから……熱もありませんし、本当に――」
「傍から見て、大丈夫じゃない者に限ってよくそう言うもんじゃ。やれやれ……誰か、タミ君を保健室まで連れて行ってやってくれんかの。わしが行けば一番いいんじゃが、見ての通りの老体じゃ。一歩足を踏み出すだけでも、拷問のように苦しくての。良いか?」
説得することは、無意味だと判断されたのだろう。教授は呆れ混じりに、他の学生に呼びかけた。すると、すぐに一人の女性が立ち上がった。記憶にない、初めて見る人だった。
その女性の見た目は、自然と目を引いた。何故なら、黒髪であったから。この国において、あまりにも珍しい姿だった。ただ、周囲の学生達は動揺一つ覗かせず、彼女を普通に見つめていた。
(こんな人……いたっけ? 気付かないはずがないんだけど、今日はたまたま受けに来たって感じなのかな?)
そして、彼女は苛立ちを露に僕へと近付いて、荒々しく机を叩いて僕を見下ろした。
「めんどくせぇ。一々、こんな奴に構ってんじゃねぇよ。邪魔ならよぉ、オレがお望み通りにしてやっからよ。タミ、だっけかァ? てめぇも、めんどくせぇねぇ。大勢の人の時間を奪うってのは、よくねぇって思うなァ。時間を返せるならいいけどよぉ。でも、無理だろぉ? はい、だからオレの審判の結果、保健室の連行が最善だろうなァ。ってことで、いくぜぇ?」
「え、でも……」
「でもでもでもでも……あ~ァ! そういうのマジでうっぜぇ。オレの審判は下ってんだよ、力ずくでも連れてって欲しいのかァ? 自分の足じゃ歩けねぇ、ベイビーなのかァ? こんなことも自分で判断出来ねぇとは、親の顔が――」
「おい、黙れよ……関係ないだろ。それ以上言ったら、絶対に許さない。僕だけの問題なのに……どうして、親の顔を見たがるんだ?」
そこまで言った所で、かなり失礼な態度を取っていることに気付いた。僕が講義の時間を奪ってしまっているのは事実、邪魔をしているのは紛れもない事実なのだから。
「……あぁ、すみません。色々と口が滑りました。迷惑をかけてしまっているんですよね、邪魔をしているんですよね。僕には奪った時間は戻せませんし、力もありません。保健室に行きますよ」
僕は立ち上がり、睨みつける彼女の腕を引っ張って教室を後にした。




