千回を超えたため息
―屋敷 朝―
ロキさんと再会を果たしてからおよそ一ヵ月後、季節は完全に夏へと移り変わり、騒がしかった周囲は日常を取り戻していた。学校も再開し、僕も学生として通っていた。ただ、全てが元通りになった訳ではない。
コットニー地区は荒れ果てたままであるし、劇場での事件は未解決のまま、カラスとの距離感は微妙なまま、人間らしい味覚は失われているままで、忌まわしき技術についてはほぼ分かっていないし、ロキさんの発言もいまいち理解出来ぬまま。そして、僕にとって何より――。
(今日も、アリアは来ないのかな)
あの日以降、「またね」と手を振って別れたアリアとは一度も会えていないことが気がかりだった。
もしかしたら、あの後何かに巻き込まれてしまったのではないか、本当は僕に会いたくないから避けられているのではないか、僕が聞き間違えてしまっただけではないのか――など、こんなことばかり考えてしまって授業には一切集中出来ていなかった。
(連絡先すら知らない、だから……分からない。彼女が今、どこにいて何をしているのか)
何にせよ、心配でならない。安否さえ分かれば、あの時交わした「またね」が果たされなくてもいい。彼女から得たものは、もう僕の中で溢れているくらいだから。
「はぁ……」
「また、ため息? もういい加減、私様のストレスなんだけど。知ってる? この私様がわざわざ数えてあげてたんだけどさ、教会から帰ってきてからもう一〇三二回はため息ついてるから。何? 何なの? どうすれば、そこまでため息をつけるの?」
「あぁ……」
「しかも、そのため息の内およそ半数が食事中なんだけど。何なの? まさか、この私様が時間と労力を割いて作ってあげた料理に何かご不満でも?」
「違いますよ……」
食事中は、他のことでも考えていなければ気が狂う。何せ、肉以外の物を口にすると無味で苦しいから。しかし、僕が考えてしまうことは重苦しいことばかり。だから、自分でも気付かぬ内にため息をついていたのだろう。千回以上も。
「じゃあ、何? あ、まさか……あの詭弁男の言ってたことを、ず~っと引きずってるとか?」
「それも、ありますけど……」
「はぁ? なんで? 全部嘘だって思って聞けって言ったじゃない。あ、まさか嘘って知ってて言われたことを真剣に考えてるとか? 馬鹿なんじゃない?」
「何というか、どうにも引っかかることがあって」
この世界が牢獄そのもので、この世界に存在する生物の魂は背負う罪を償う為にここに来たと言われたことだ。ロキさんの言うことの全ては嘘、そう言い聞かせていても引っかかって心に残り続けていた。それこそが、彼の思惑なのだとしたら僕は手のひらの上ということになるが。
「くだらない。そんなことより、さっさと食べたら? 毎回毎回三十分以上もかけて、その程度しか食べてないとか不快なんだけど。もう我慢出来ない。食べ切らないと学校に行かせないから」
「え? いや、それは困ります! 単位が……」
「じゃあ、食べなさいよ! 馬鹿男!」
そして、アルモニアさんは鬼のような形相で僕を睨み続け、完食するまで立ち上がることを許してはくれなかった。




