部下の遺したノート
―アリア 取調室 夕方―
男性が逃げ出したことで、取調室には私と女性の二人だけになった。
「はぁ……」
ため息をついて、彼女はドアを閉めると、先ほどまでとは打って変わって穏やかな笑みを私に向けた。
「部下がすまなかったな。あいつは……焦っている。年下の私に抜かされて、部下になってしまったが為に。何としてでも、功績を得たいんだ。愚の骨頂だ、ああいうのは」
そして、彼女は向かいの椅子に腰掛けた。
「まぁ、こんなくだらない話はいい。これから先が重要だ。簡潔に言うと、アリア=アトウッド。お前は、父親殺しの犯人ではないな?」
「え?」
きっと、この人も私を犯人に仕立て上げるつもりなのだと決め付けていたから驚いた。
「私の部下の一人が、お前の事件について調べていたんだ。独自にな。事件の犯人はアリア=アトウッドであるから、犯人を捕まえることだけに専念し、余計な調査はしてはならないと言われていたんだが……奴は女が関わってくるととめられなくてな、結果お前が犯人でないということを導き出した」
そう言うと、彼女は一冊のノートを私の前に置いた。使い込まれているようで、少し汚れていた。
「これは、そいつが調べた紙を私なりにまとめて簡潔にしたものだ。しかし、どんな形でもこれは外部に洩らしてはならないものだ。だから、どうか内密にしておいて欲しい」
「見ても……いいんですよね?」
「嗚呼」
彼女がどれだけの覚悟をもって、これを見せると言ったのか。きっと、これは不正だ。他者にバレてしまうようなことがあれば、彼女が罰せられる。罪を背負う。
それでも、彼女は非常に堂々としていた。揺るぎない静かな信念の炎に燃えていた。
「ありがとうございます……」
私はその信念に感謝しながら、そのノートを開いた。
『四月中旬に起こったマーク=アトウッド殺人事件について。警察全体の見解は、娘アリア=アトウッドの犯行であるとしているが、証拠が何一つない。独自に調査を進める――』
(これは……!)
読み進めていくと、私と父――そしてあの黒い化け物しか知らぬ情報がそこには書いてあった。
『現場には、黒い毛が落ちていた。成分分析を依頼した所、人間のものではないとの結果だった。また現場を調べてみると、魔術等で壊したのであれば残っているはずの痕跡がなかった。人の手に壊したにしては、あまりに破損の仕方が大きい。まるで、巨大な怪物が暴れたかのようであった。しかし、事件日前後に怪物等の目撃証言はない。さらに、調査を進めていく必要がある』
やはり、証拠はあった。警察とは本来、人々を守る為の組織であるはずなのに。それを放棄し、悪を守る為に犠牲を選ぶだなんて許せない。その毒牙に、私以外の人も晒されているかもしれないと思うと不快だ。
『追記:事件があった前日の未明、黒いライオンのような化け物が暴れる事件が近辺で起こっている。関連性が高い→黒い毛がその現場にあったことが明らかになっている。しかし、同じように調査は打ち切られ、こちらは犯人不明』
「どうだろうか? 事実と違う点などがあれば、指摘して欲しい」
「いえ、今の所は問題ありません。やはり、捜査をすればこれくらいは分かるんですね。今の技術をもってすれば」
「当然だ、ここは魔術大国なのだからな。こんな簡単なことすら怠り、それを容認する者がいることが残念だ。だから、ここでそれを断ち切らねばならない。必ず、上を黙らせるくらいの真犯人を見つけ出し……お前を解放してみせる。それが、奴が遺した想いであるからな。もっと続きを読んでみろ」
そう彼女に促され、私はさらにそのノートを読み進めていった。
明日は最後の実習日で色々あるのでおやすみします




