この耳に入らないはずがない
―アリア 取調室 夕方―
「お前が犯人なんだろう! いい加減にしろ、手間かけやせやがって! お前のせいで、警察への不信感が高まっているんだ!」
先ほどからずっとこればかり。私が、何を言っても聞いてくれない。もう疲れてしまった。
(どうして……分かってくれないの?)
私が犯人であるという先入観から、全てを否定する警察の年老いた男性。ここで取り調べを始めた当初は余裕を覗かせていたが、次第に苛立ちを募らせて高圧的になっていった。
(私は、お父さんを殺してなんかない。今の警察の技術をもってしっかり調べれば、それくらい分かるはずなのに)
人間には、汚い面と美しい面がある。それを知ったのは、父と共に人間として暮らし始めてからだった。欲望の為には手段を選ばない者、どれだけ疎まれようと挫けず悪と立ち向かう者、そのどちらにもならず流れに身を任せる者――それぞれの色があって、私の中にあった人間という概念を破壊した。
そして、今それを改めて実感している。目の前にいる彼は、何かしらの欲望の為に汚さを露呈している。
(私を、犯人にしないといけない理由があるというの? 真犯人が、明らかになっては困るから何とかして押し付けようとしているとか……でも、それをこの人が知っているのかな?)
申し訳ないけれど、目の前にいる彼からは威厳というものをあまり感じられない。特別な事情を知っているような立場の人間にも見えなかった。これは、あくまで私の勘でしかないが。
「――おい! 聞いているのかっ! 女だからといって、私は容赦はしないぞ!」
もはや、彼の質問に対しての私からの回答は無意味であると悟った。そんな私に憤りを覚えたようで、ついに彼が手を出そうとした。
その瞬間に、取調室のドアが荒々しく開かれた。すると、すんでの所で彼の手はとまった。そして、迷いなく私に向かってきていた手がわなわなと震え始めた。
「よ~く聞こえているぞ。貴様の声は、外にまで響いていたからな。何度指導されても、その乱暴な取調べは改善されないな。ここが腐っていなければ、貴様は今頃路頭に迷っていたに違いない」
ドアの前には、彼を蔑むような笑みを浮かべる女性がいた。
「モニカ警部補……何故、ここに」
「部下の動きが、この耳に入っていないとでも? しかも、取調べを担当しているのが貴様と聞いて、現場を離れることにした。さてさて、そこを代わって貰おうか」
彼女はドアを閉め、ゆっくりと歩み寄ると彼を見下ろした。
「し、しかし……」
「これはお願いではない。上司からの命令だ。なんだ、命令に背くつもりか?」
しばらく沈黙と、睨み合いが続いた。そして――。
「し、失礼致しましたっ!」
屈したのは男性だった。尻尾を巻いて、彼は取調室から飛び出していった。




