同じ世界の住人
―教会 昼―
「信じられないかもしれませんが、かつて二人はとても信頼し合う良き兄弟でした……」
そう前置きし、彼はまるで語り部のように続ける。身振り手振りを、わざとらしく交えながら。
「兄は弟を慈しみ、弟は兄を尊敬していました。しかし、彼らを取り巻く環境がそれを壊していきました」
「父上と十六夜が、そんな関係であったと? 想像がつきませんね」
二人が仲良く寄り添う姿など、夢ですら見たことがない。慈しみや尊敬の思いなど、その二人の間にはこれっぽっちもなかった。互いに嫌悪と憎悪が入り混じり、敵意だけがそこにあった。
「壊されてしまったのだから、致し方ないでしょう。実の両親によって」
「それは、つまり……おじい様とおばあ様が……?」
「えぇ。兄は才能に恵まれ、非常に優秀でした。けれど、弟はどれだけ努力を重ねようとも兄には追いつけなかったのです。それが、完璧主義であった両親には理解されませんでした。弟は家族の輪から外され、後継者としても見て貰えなくなったのです」
祖父母が完璧主義であることは、よく理解している。自分達のものさしで決めた完璧を、常に求め続け押し付ける。そぐわなければ、徹底的に排除する。あらゆる手段を使って。
父上は、それをよく思っていなかった。二人を城から強制的に追い出し郊外の別邸に住まわせたことからも、それは明らかだ。
(あの二人は、確かに完璧主義。そこに嘘はないな。もしかしたら、ある程度の真実を織り交ぜながら、嘘を話しているのかもしれない。とにかく、信じ過ぎないようにしないと)
「それでも、兄は弟を見捨ててはいませんでした。まだ、この時は。兄は、暇さえあれば弟の練習に付き合っていました。勿論、それは善意。かつての弟であれば、それを心の奥底から喜んでいたでしょう。しかし、その頃には弟は兄に対して嫉妬を感じるようになっていました。兄が、手本として見せる姿が憎たらしくて仕方なくなっていたんです」
「嫉妬……」
「憎たらしいという思いは、やがて明確な憎しみへと変わっていきました。そして、ついに決心しました。兄とは違う道で、兄を屈服させてやろうと。兄はいつだって前にいたけれど、別の道から行けば追い抜かせるかもしれないと思ってしまったからです。その道が、当時は国術として繁栄期にあった呪術でした」
確かに十六夜が心酔し、得意としていたものは呪術。命を平気で奪う危険な術だ。故に、父上が徹底的に排除しようと試み、現在、僕の国では禁じられている。完全に消え去った訳ではないが、十六夜の信じたその道はもうどこにも残っていない。
「それも叶わなかった訳ですね、もう十六夜はこの世にはいませんし」
嘘にしろ真実にしろ、十六夜に父上が追いつけるはずがない。父上より遥かに劣る僕に、あっさりと負けてしまうくらいなのだから。
「それは……どうでしょうねぇ」
「え?」
ロキさんは、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「巽様の目の前で起こったことだけが、真実であるとは限りません。私の言葉が全て嘘であるとも。何を信じ、何を疑うか……身につけていかなければ、弟の二の舞になってしまいますよ?」
「そうやって、僕を――」
「そんなに警戒しないで下さいよ。たった一回、騙しただけじゃないですか。もっと、仲良くしましょう。私と巽様、立場は違えど同じこの世界の住人なんですから……」




