二人っきりだから
―教会 昼―
「へ?」
まさか、話しかけてくるとは思わず変な声が漏れてしまう。
「お恵みはいらないのですか?」
ロキさんは、スープとパンを手に持って歩み寄る。
「いらないわね。分かってて、聞いてくるのやめてくれる?」
アルモニアさんは、足を組んで彼を睨み付ける。
「……つまらないですね。もっとノって下さいよ」
碧い瞳が、僅かに曇る。
「こっちは、もっとつまらないってのよ。ここまで我慢して付き合ってやったんだから、いいでしょ」
「じゃあ、なんで来たんでしょう? あれに言われたからですか?」
「そうよ。巽に見せてあげろって」
彼女が、僕に視線を送った。それは、面倒な会話のバトンの押し付けに見えた。
「なるほど。分かりますか? 私のこと」
「……さっき、彼女に教えて貰いましたから。ロキさんですよね、お久しぶりです」
押し付けられたバトンを受け取って、僕はそう返した。すると、彼はがっくりと肩を落とす。
「最低ですよ、本当」
「知ったこっちゃないわね。それより……神父に私様は用があるの。面白いとか面白くないとかは、そっちで話しといて貰えるかしら」
面倒臭そうに彼女は立ち上がり、壇上からこちらを見る神父の方へと歩いていった。彼女が近付いていくと、それを歓迎するように神父は神聖な雰囲気にそぐわぬ不敵な笑みを浮かべた。
「おやおや、何用でございましょうか」
「ここでは話せない。御前だものねぇ」
「そうですねぇ、そうでしょう。ここはあまりにも神聖過ぎる。場所を変えて頂きたい」
「ふん。じゃあね、巽。また後で」
場所を変えてまで話をするなんて、わざとらしいにも程がある。僕に聞かれたくないようなことがあるから、そう考えると自然な行為だった。
「待って――」
そして、彼らは奥にあった扉の向こう側へ消えていく。僕もその後を追おうとしたのだが、ロキさんに腕を強く掴まれ叶わなかった。
「野暮でしょう、それは。あちらもあちらで、二人っきりでしか話せないことがあるんです。なら、こちらもそうしましょう。そうですねぇ、例えば……巽様の叔父様とお父様のお話はいかがですか?」
「え……?」
「あぁ、少し興味を持って頂けましたか? 私は、二人の仲違いの決定的な瞬間を知っています」
僕の物心がついた時には、既に実の兄弟である二人は互いにいがみ合っていた。父上は関わることをやめるよう促し、十六夜は父上のやり方を真っ向から否定していた。その原因を僕は知ることが出来ぬまま、僕もまたいがみ合い――その果てに、十六夜は死んだ。
父上に聞く勇気もないし、知る機会などもうほぼないと思っていた。そんな最中で、彼のその提案は僕の好奇心をくすぐった。
「知りたいでしょう? いざこざに巻き込まれた巽様なら、それを知る権利はあるかと思いまして」
けれど、この人には問題がある。それは、言うこと成すこと大体嘘だということだ。突然、自分からこの話を振ってきた。怪しいにも程がある。僕の興味を引き出し、警戒心を薄めた所でまた術をかけてくるつもりなのではないか、そんな不安が頭をよぎった。
(僕の気を逸らす為の虚言かもしれない。でも、もしかしたらの可能性もある。なら、聞くだけ聞いてみよう。向こうがその気になっている今がチャンスなんだから)
彼の言うことは大体嘘だということを念頭に、僕は決心した。
「教えて下さい。父上とのことを……」
「喜んで」
すると、彼はくるりと右に回った。その一瞬の間に、聖女の姿から初めて僕と出会った時の若い男性の姿へと変わった。
そして、満足げな笑みを浮かべると彼は語り始めた。




