理不尽な怒り?
―? ? 夜中―
「――そんな所でかくれんぼ? 趣味悪いなぁ」
「風の噂で消滅したって聞いてたけど、まさかそんな所にいるなんて、ね」
「やっぱり、噂って信用ならないなぁ。ちゃんと自分の目で見ないと……」
「とりあえず、今日はわざわざ顔を見せてくれてありがとう。もう、君の顔じゃないけど……ねぇ? た……いや、つーちゃん」
***
―ダイニング 夜中―
「はっ!」
顔を上げると、僕は何故か家にいた。しかも、ここはダイニング。チェック柄のテーブルクロスの上に美味しそうで豪華な料理が並び、僕を誘惑する。
そして、その料理の前でフォークとナイフを持って僕は座っていた。
(あれ……? いつの間に? 今は何時だ?)
ダイニングの壁にある時計を見ると、ちょうど深夜二時だった。
(深夜二時……バイト終わりだよね。いつの間にここに帰って来たんだ? いまいち思い出せない……閉店までいつも通りに働いていたことは記憶にあるんだけど……うーん)
考えても考えても、重要な所はちっとも思い出せない。どうでもいいこととか、今思い出す必要のないことばかり頭の中に浮かぶ。
「ん~……」
気持ち悪い。もどかしくて、イライラする。思い出せない自分に、腹が立つ。
「どうしたの~? そんなに険しい顔してさ。折角作ったんだから、食べてよ。乙女が作ったのに……」
僕が悩んでいると、クロエが水の入った二つのコップを両手に持ちながら、食卓に不満げに歩み寄って来ていた。
「あ、いや……食べる。食べるけど……」
「けど、何?」
目の前に来たクロエは、力強くコップを机に置いた。その衝撃で僅かに水が零れる。
「ど、どうしてそんなにイライラしてるんだい?」
「ず~っと食べないで、そこでじ~っとしてたら食べようか食べまいか躊躇されてるみたいで腹が立つの。私の料理がマズイのかな?」
「違う違う! それだけは絶対違う! 見るからに美味しそうだし、実際美味しい……はずだし」
何度も作って貰った記憶はある。食べた記憶も。ただ、それを考えるとまた妙に引っかかりを感じてしまう。
「はず? 何、そのあやふやな感じ。やめてよね、ただでさえさっき超ムカつくことあってイライラしてるんだから」
「なるほど……八つ当たりか」
「うるさいなぁ、こっちはそのイライラ抑えて、しかも! 学校終わりに家事こなしてるんだから」
(抑えてないだろ……)
と、思ったが言わないことにした。今この瞬間のクロエに、何をどう言おうとも無駄だろう。言っちゃ悪いが、面倒臭い。僕に関係ないその怒りを僕にぶつけられるのはしゃくだが、僕は大人。だから、大人の対応をしよう。
「食べる、食べるから。あ、あの……食べる前に聞いていい?」
「何?」
「僕って……何時からここにいる?」
「は?」
「疲れてるのかな? ちょっとあんまり覚えてなくて……さ」
「……私と一緒に帰って来たでしょ。バイト終わりに私が迎えに行った。その時間は一時くらいだったと思うけど? はー! ムカつくムカつく!」
先ほどよりも、クロエは殺気立っている。そろそろ食べないと、理不尽に何をされるか分からない。
「そうか……ありがとう」
(迎え? それすらも覚えてないなんて……いよいよだな。僕も)
僕は殺気を浴びながら、色鮮やかなサラダのトマトにフォークを突き刺して口に運んだ。




