壇上の聖女は嘘を食む
―教会 昼―
ロキという人物について、僕が回顧していた時だ。
「……聖女様だ」
「お美しい」
「流石は、神に選ばれたお方だ」
突如として、妙な静けさに包まれていたこの空間が一人の金髪の女性の登場により崩れた。彼女は青を基調とした服に身を包み、人々の視線を集めていた。
(聖女……様?)
彼女は壇上へと上がり、穏やかな笑みを浮かべて僕らを見る。後ろにある鮮やかな窓から差し込む光と相まって、その姿はより美しく見えた。そして、何より吸い込まれてしまいそうなほど碧い瞳。まるで、空を映しているかのようだった。
「ふん」
多くの人々がそんな彼女の姿に見惚れる中、アルモニアさんだけは嘲笑を浮かべていた。
(彼女は一体、誰を馬鹿にしているんだろう。この聖女と呼ばれている人? いや、でもこの笑顔は彼女が来る前から浮かべていたか)
さっさと教えてくれればいいのに。こんなことで、もったいぶっても何もない。
「皆様の祈りは、ロキ様に届いていることでしょう……」
皆を、優しく包み込むような声であった。そして、彼女は続ける。
「世界や国が貴方達を見放しても、ロキ様は決して見放しません。貴方達に、ロキ様を想う心がある限り。さあ、祈りましょう。この先の幸と、繁栄を願って……」
そんな彼女の言葉は、僕の心に不思議と安らぎを与えてくれた。染み込むような、溶け込むような――とにかく、自分の心にしっくり来たのだ。意識がまどろんでいく。それは心地良くて、もっと彼女の言葉を聞いていたいと耳を澄ませようとした、が、それは頬への鈍い痛みによって阻まれた。
「っ!?」
それは、隣のアルモニアさんから与えられたものだった。鋭い痛みに思わず大声を出してしまいそうになったがが、すんでの所で堪えた。
「ちょっと、な~に取り込まれてんのよ。しっかりしなさいよ。貴方は、誰にも見放されてないでしょうよ」
彼女は、僕に呆れた視線を向けていた。
「え……?」
意識が覚醒し、現実へと引き戻される。
(この感覚……)
滞っていた思考も、徐々に回り始める。それにより、その取り込まれていく感覚には覚えがあることを思い出した。
(あの碧い瞳、金髪……そして、妙な力で容易く引き込む所。姿は違えど、間違いない)
疑惑は、確信に変わった。聖女として慕われている彼女は、かつて僕が出会ったロキであると。しかし、外見だけで見ると性別は真逆だ。体格も髪の長さも、声色だって違う。
「こっちは素直に教えてあげる。別に、面白くも何ともないもの。あの聖女はね、この教会が祭るロキそのもの。男だけど、気まぐれに姿を変えてる。まぁ、そう考えるとちょっとは面白いかもしれないわね。ちょっとは。あの男は平然と嘘をつく。だから、ロキの言うことは全部嘘だって思っておけばいいわ。そうすれば、術にもかからない。自衛しなさい」
「素直に教えてくれてありがとうございます。出来れば、面白い方も教えてくれれば嬉しかったんですけどね」
「それは無理。巽が気付くまでは、何も言うなって言われてるもの」
「チッ……」
「綺麗な舌打ちどうも。さ、舞台に立つのもいいけど、客席から見る舞台も悪くはないわよ。茶番を楽しみなさい」
彼女は、僕の舌打ちを珍しく流し、再び壇上へと視線を向けるのだった。




