ロキという者
-教会 昼-
神聖なる雰囲気に包まれた場所――人々が祈りを捧げる教会に、僕とアルモニアさんは来ていた。ここには、アルモニアさんのイリュージョンで飛んできた。準備が終わったと伝えた途端、説明もなしに飛ばされた。そして、座って祈りの場に参加させられていた。
「――偉大なる神ロキは、常に貴方達を見ておられます。善なる行いも、悪しき行いも」
どうやらここは、神とかいう偶像に祈りを捧げる場所らしい。みすぼらしい格好の者達が、すがりつくように跪いて手を組んで熱心に祈っている。
そんな彼らを壇上から、高潔感のある黒い服に身を包んだ老人が見つめながら長々と説き続ける。
(くだらない。なんでこんな所に……)
隣に座っているアルモニアさんは、半笑いで壇上の老人を見つめていた。その横顔は、どこか蔑んでいるかのように見えた。
「あの……」
僕は、小声で彼女に話しかける。妙に静かな場所で、声を発するのもはばかられる雰囲気であったが、色々と我慢の限界に達していた。
「何よ」
彼女は、面倒臭そうに視線だけをこちらに向ける。
「何の為に、こんな所に?」
「ボスからの命令だから。とっても面白いものがある。まぁ、それに貴方が気付けるかどうかは分からないけれどね。でも、気付いたら……笑いを堪えるのが辛くて辛くてたまらないわ」
「……命令? こんな意味を成さない場所に来て、何が面白いんだ。気付くとか気付かないとか……馬鹿らしい」
「ウフフ、あんまり長々と悪口を言わない方がいいわよ。こういう所に来ている人達は、神経質になっているんだから」
そう指摘されて、溢れ出す不満を堪えながら黙った。幸いにも、聞こえている人はいない様子だった。
(神は、この世界にはいない。人間だった者達が、選ばれただけ。そいつらが信仰を得る為に、その名称を使っているだけのこと。信仰するには、あまりにも残酷だ……平気で命で奪うんだから)
僕の国には、自らの血液と魂を削り、それぞれの用途によって異なる対価を払って効果を発揮する呪術というものがある。僕の国が成り上がるきっかけになった、忌まわしきもの。その成り立ちを辿っていくと、神へと辿りつく。気も遠くなるような遥か昔に建国王が結んだ契約によって、僕らは今までずっとその神に対価を払い続けている。
だから、僕は神を許せないし受け入れられない。だから、きっとここにいる人達とは分かり合えない。
「――信心深き子らに、偉大なる神ロキの加護があらんことを」
(ロキ? この人達が信じているのは、ロキという神?)
その名は、何度か聞いたことがあった。そして、その名を語る者と実際に関わったこともある。まだ、僕の国にいた時に一度だけ。不思議な力を使って、平然と人を惑わしてくる不気味な人物。身なりの整った碧い吸い込まれそうな瞳の若い男性だった。
(偶然? いや……どうだろう。あんな妙な力、普通じゃありえない。可能性はある。だったら、この人達も僕みたいに惑わされて……)
どこかにロキ……さんがいるのかと周囲を見てみたが、それらしき姿は見当たらなかった。壇上の老人を除いては、皆みすぼらしい格好でか弱そうな者達ばかりだったから。




