美月との差
―屋敷 昼―
「げほっ、おぇ……はぁ……」
あれからずっと、食べた。食べ続けた。無心で、胃が悲鳴を上げるまで。どれだけ吐き気を催しても、それに耐えながら。
(吐きそうだ。無味の食べ物を永遠に食べ続けるなんて、本当に拷問だな)
流石に全てを食べ切ることは出来なかったが、夜に頑張れば消化しきれる量にまでした。
(頑張れ、頑張るんだ。そうだ、演じるんだ。演じれば……どうにか乗り切れるかもしれないし)
次、食事する時はそれを意識することにしよう。演じている間は、自分自身を忘れていられるから。味覚を誤魔化せるかは分からないが。
「た~つ~み」
そんなことを考えていると、用があると出て行ったアルモニアさんが戻ってきた。何やら気だるげな様子だ。
「何ですか?」
「あ~全部食べてない。勘弁してよ、幅取るのに」
彼女は、眉をひそめる。
「作り過ぎなんですよ……結構、食べた方だと思いますけど」
「はぁ。まぁいいけど。それより、今から出かけるわよ」
「え? 今から? どこへ?」
「教会。もう食べないんだったら片付けるから。準備して、急いで行くわよ」
教会という単語自体は、習ったから知っている。けれど、どんな場所であるかまでは思い出せない。関わりがなかったから忘れてしまった。ゴンザレスが、説明していた記憶はあるのだが。
『ねぇ、この……ちゅうらっち? みたいなのってなんて読むの?』
『あぁ、これはchurch。教会って言うんだぜ』
『そのきょーかいって何?』
『教会ってのは~ゲームにおいて、滅茶苦茶重要なんだよ。セーブしたりとか……まぁ、色々いいことがあんのよ。あ、現実世界では――』
(駄目だ! どうでもいい所までは覚えているのに、大事な所からがモヤがかかったみたいに思い出せない!)
どうせ覚えていないのなら、全部忘れていたかった。こんなモヤモヤした気持ちになるなんて、憂鬱だ。
「ちょっと! 急いでよ!」
僕が考えていると、イライラとした様子で彼女が片付けながら急かす。少し前から感じていたことだけれど、彼女は結構短気だ。これ以上、苛立ちをぶつけられるのは嫌だ。僕は立ち上がって、彼女の手伝いをしようとしたのだが――。
「私様が片付けるんだから、何もしないで! 貴方は出かける準備をして! 私様の隣にいても、恥ずかしくない格好じゃないと困るんだから!」
僕から、彼女は皿を乱雑にひったくって睨みつけてキッチンへと向かった。
(そんなに怒らなくてもいいじゃないか……ったく)
彼女のイライラが、僕にも伝染しかけていた。良かれと思って言ったことだったのに。美月がいた時との、この態度の差は何なんだ。気持ち悪いくらい大人しくなっていたのに、僕だけになった途端にこれだ。
(もう一度、美月をここに置いておきたいね。僕も辛いけど)
僕と美月の差は何なのか、僕のどこに舐められる原因があったのか、そんなことを考えながら自室へと向かった。




