過去を繰り返して
―屋敷 昼―
待ち侘びた、こんなにも美味しそうな食事なのに――僕は食べられない。味がしない、無味の固形物を口に入れただけの感覚しかない。
「うえっ……おえっ、げほっ!」
そして、この感覚は初めてじゃない。長い期間、過去に経験したことがある。でも、彼と同化してからこの症状は改善したはずなのに。考えられるとすれば、彼の力の一部が目覚め始めていることの副作用的な可能性だろう。あれを傍観したことへの効果が確実に出ていると思えば、少しは前向きに……なれない。
(こんな所から、目覚めていくっておかしいでしょ。また生肉ばかり食べる生活なんて……)
あの時は、成り行きでどんな肉でも食べて乗り越えることが出来た。けれど、今はそれが出来る気がしない。人の体としては、とっくにかけ離れたものであると自覚しているつもりだ。人を名乗る資格なんてないと。だが、人になれなくてもなりきりたいと思っている。
皆が当たり前に食べる物を食べて、美味しいとか不味いとか思う。その当たり前を保ち続けたい。人でなくても、そのらしさをもう失いたくなかったのに。
(あぁ、腹が立つ。こんなことで、一々へこたれてたらやってられない。彼が完全に目覚めたら、絶対に文句言ってやる。中途半端に、徐々に目覚めてるんじゃないって)
それがどれだけ苦しくても。力を得るには、必ず犠牲が伴う。他者は勿論、自分にも。僕の場合、らしさを奪われていくことだけ。
過去と同じようになるしたら、僕はまた人らしさを失って成りきることすら忘れていく。彼の獣としての本能に飲み込まれ、自分を失っていくのだろう。その時までに、僕が強さを得ることが出来ていなければ。
(とりあえず……今は、全部食べてやるっ! イリュージョンで、折角彼女が用意してくれた訳だしね。無駄には出来ない。僕が我慢して、食べればいいだけの話なんだ。ちょっと気分が悪くなるだけだし……)
僕は苦しかった過去を思い返しながらも、意を決して吐き出してしまったサラダを食した。本能的な吐き気に襲われながらも、無理矢理それを流し込んでいった。
***
―アルモニア 自室 昼―
「――伝えたいことは以上、ボス。彼は、どこまでいっても傲慢だわ。お姉さんに制御しろって頼まれたけど、正直自信ないわ」
私様は、定期報告として自室からボスに電話していた。普段だったら秘書が出るのに、珍しく本人が受けた。まぁ、監視者としての私様が伝えるのは巽のことくらいのもの。まったく、分かりやすくて困ってしまう。興味があろうとなかろうと、出られるなら出て欲しい――そんな不満を堪えながら、ボスの話を聞く。
「そりゃあ、彼だもん。でも、それは仕方ないよ。子供時代に十六夜の手によって、歪んだ人間性が出来上がっちゃったんだ。本人が楽しそうに言ってたからさ、ちょっと気持ち悪いんだ。にしても~自身の強さの為なら、一部の犠牲は仕方ない……か。本当に素晴らしい結論に至ったもんだ」
「で? 私様は、これからどうすればいいの?」
そう問うと、わざとらしく悩んでいる声色でボスは唸った。
「ん~……そうだなぁ。あ! 暇だったら、巽君を連れてあの教会に行ってご覧。きっと、楽しいよ――」




