獅子を顕現させた男
―屋敷 昼―
浴室からリビングに戻ると、アルモニアさんがステッキを回しながら歌っていた。
「……何をしてるんですか?」
邪魔をしてはいけないかなとは思ったが、好奇心には敵わず尋ねてしまった。すると、彼女は恥ずかし気もなく手をとめて答えた。
「何って、料理をイリュージョンで用意してあげてたのよっ!」
不機嫌そうにステッキを振ると、机の上に豪華な料理達が現れる。
「それは、ありがとうございます。それにしても便利な魔術ですよね、イリュージョンって」
「だから、イリュージョンはイリュージョンだって言ってんの! それ以上のこと言ったら、残飯にすり替えてやるわよ」
「素敵なイリュージョンですね」
普段だったらそれでも受け入れられるけれど、今はしっかりと空腹を満たしたい気分だ。ここは、大人しくイリュージョンだと認めておこう。
「分かればいのよ。それにしても、シャワー浴びただけでかなりすっきりした表情になってるじゃない。どうして?」
「おかげさまで。アルモニアさんの言葉で、目が覚めたんです。僕は弱い。それなのに、奇跡を起こせるかもと驕った。それが驕りになってしまう理由は、僕の力不足故。なら、強くなるしかないじゃないですか。強くなる為には、一部の人には犠牲になって貰うしかない。それがいずれ、還元される時が来るまで。一部の人は、僕の考える一線の向こう側にいます。だから、しょうがないことなんです。ようやく、それに気づきました。劇団員の人達が、たまたまそうだっただけなんです。僕の力……いいえ、この世界が安寧でいられる為の土台になっただけだって思ったら気持ちが楽になりました」
そんな僕の話を、彼女は意外にも最後まで黙って聞いていた。だから、全てまとめて言い切ることが出来た。そして、その話が終わった瞬間に彼女は軽蔑的な笑みを浮かべた。
「流石は、獅子を顕現させた男だわ。どこまでいっても……まぁ、いいわ。さっさと食べちゃってよね。私様は、ちょっとやることがあるから」
「え、アルモニアさんは食べないんですか?」
机の上に所狭しと並んでいる料理の数々、とてもじゃないが一人で食べきれる量ではなかった。
「は? 食べる訳ないじゃない」
彼女は睨みを利かせて、足早にリビングを出て行った。
「……まぁ、食べるか」
食べ切れなかった分は、また後で食べることにしよう。まさか、これを今全部食べろだなんてことはないだろうから。
(美味しそうな匂いがする。早く食べよう)
そして、席に着いてサラダを皿に取って、口に入れたその瞬間――。
「うぉぇっ!?」
ほぼ反射的に、口に入れたサラダを吐き出してしまった。見た目と匂いとは対照的に、その味が無だったから。




