一本の道
―浴室 昼―
結局、言い返す言葉は見つからなかった。だから、僕は今こうしてお風呂に入っている。
汚れはシャワーで洗い流せても、心に刻まれた言葉や映像は流すことは出来ない。水を浴びる度、血を浴びた感覚を思い出す。彼女から言われた言葉、皆から言われた言葉も残り続ける。
(傲慢か……傲慢)
驕ったつもりはなかった。ただ純粋に、どうにかしたいと思っただけだったのに。力なきものは、そうは思わない。力があると自覚しているからこそ、その発想が出てくるのだと。保身に回るのではなく、攻撃に回ったことがその表れだと彼女は言った。
(王として、失格だな)
謙虚でなくてはならない立場なのに。無自覚に無意識に、傲慢になってしまうなんて最悪だ。その未熟さこそが、弱さの表れだ。
(父上だったら、どうするだろう? 太平の龍の言う通りにやるだろうか? 大勢の幸福の為に、少数を不幸にすることを厭わないだろうか?)
水に濡れながら考え続ける。在りし日の父上の姿を思い浮かべながら。そして、一つの結論に至る。
(いや、父上なら太平の龍に従わず別の方法を見つけ出して全員を救う。だけど……そんなこと、僕には出来ない。だって、僕は父上と違って未熟だから)
父上は、優れた王だった。不慮の病にさえならなければ、その功績をさらに増やしていたはず。そんな父上の跡を継いだ僕が、こんなにも劣っている。羞恥の極みだ。
(僕が、どうにか出来るって思うことが罪なんだ。弱さを認めて、受け入れるしかないんだ。太平の龍の言う通りにすることでしか、僕は強くなれない……)
大勢に含まれなかった人の不幸を見届けることが、僕の中に宿る力を引き出せるきっかけになる。それが結果として、幸福へと繋がる。だから、少数派の人達には犠牲になって貰うしかない。僕が弱いから、用意された道を歩むしか方法が見出せない。
(もう仕方がないんだ。受け入れるしかないんだ。自分ならどうにか出来る……そんな現実逃避はしちゃいけないんだ。たとえ、選ばれなかった人と関わりがあったとしても切り捨てる。それくらいのことをしなければいけない。太平の龍に嗤われる。また、そのせいで父上が侮辱されたら嫌だ)
強くなりたい、僕の中にある力を使いこなして父上に少しでも追いつく為に。力を得るということは、何かを犠牲にするということ。それが誰かの命であっても強くなれるのなら、僕はやらなければならない。王として、強さは当然必要なものだから。
(迷っていたら、駄目なんだ。一本道は一本道でしかない、今の僕は他の道を切り開けたりしない)
「――ようやく、分かった」
僕はシャワーの水をとめて、髪をかき上げる。
「僕が強くなれれば……それで、いいんだ」
冷静さを欠き、線の位置を見間違えていた。出来もしないのに、線を越えてはいけない。取捨選択、それが重要なのだ。用意された道もまた、王道の一部。僕は、その道を歩み続けなければならない。




