傲慢だから
―屋敷内庭園 朝―
無事に戻ってきた庭園で、僕は美しく咲き乱れる花々を眺めていた。美しいものに思いをはせる性分ではないが、今日は何か綺麗なものでも見続けていないとやり切れない思いだった。
(どうすれば、あんなにむごたらしく殺せるようになる? 彼の無意識の中に、あんな思いがあったのか? そんな兆候は、座長さんの発言からは感じなかったのに。密かに憎悪を? 嗚呼、あの時打ち上げとやらに参加していれば……あの時、声をかけていれば……)
ふと目に入った紫色の小花の花びらが、ほろりと一枚散った。
「その花はバーベナって言うのよ。ここの花壇は、色々な季節の花があって凄いわよねぇ」
「アルモニア……さん? どうして、急に」
しばらくずっと遠くから僕を見ているだけだった彼女が、何を思ったのか突然声をかけてきた。美月に何か言われたことで、今までの態度を改めて監視者としての務めを果たし始めたと思っていたのだが。
「貴方を見てたら、ストレスが溜まるの。ほんっと、イライラして仕方がないわ。ず~っと我慢してたけど、そんな不幸の塊みたいな表情で花を見られたらもう限界だわ」
そう言うと、アルモニアさんはその小花を摘み取るとぐちゃぐちゃに握り締めた。
「美月に何か言われて、監視者としてあるべき姿を保つようにし始めたんだと思っていたんですけどね」
「た、確かに言われたわ。色々ね。もう面倒臭いから直接関わるのやめとこうって思ってた。だけど、監視者は不干渉じゃない。過干渉はアレだけど。それに、美月さんに『弟の体調管理と制御をお願い』って言われたの。そのことを唐突に思い出した。だから、干渉させて貰うわ」
勝手にそんなことを託されていたなんて。完全に、僕を子供扱いしている。体調管理くらい自分でやるし、彼女に制御されてもという感じだ。
「アルモニアさんに、どうこう出来ることなんですか?」
思わず、笑ってしまった。それが気に食わなかったのか、彼女は不快そうに顔を歪める。
「悪いけど、貴方よりはその方面に関しては詳しい方だと思う。まぁ、それに関しては機密だから教えてあげないし、どうこうするかは別問題。それより、こんな所に濡れたままで血まみれでいたら不衛生だし風邪引くと思うわよ。寝てないし、体に悪いわ。美月さんがうるさいから、さっさと中入ってお風呂入って寝たら?」
(彼女に、付け入る隙さえあれば……な。回り道する必要もない。彼女なら、漏らしてくれそうだけど。でも、意外としたたかな感じもするしなぁ。というか、そんなことに今は頭を向けられないや……)
「なら……僕の心の健康の為に一ついいですか? 僕は、あの時どうすれば良かったんですか? どうすれば、こんな気持ちにならずに済んだんですか?」
「それに答えたら、ちゃんと衛生的で健康的に行動してくれる?」
「はい」
劇団員の人達との時間が、何度も脳裏によぎっては消える。彼らの生き生きとした表情が、血塗られては消えていく。
「私様としては、赤の他人が死んだだけで、貴方がどうして悩むのかさっぱり分からない。だけどまぁ……そうねぇ。自分が何かしていればどうにか出来たかもしれない可能性がある、っていう傲慢な考えを捨てることだと思うわよ。黙って殺戮の現場を見届けておけば良かったの、な~んにも考えず」
「傲慢……僕が?」
「うん、傲慢。自分が強いって心の中では思ってんでしょ」
「そんなこと!」
僕は、弱い。父上には到底及ばず、影武者のゴンザレスにすらあしらわれる。大切な人を守る力もないし、自分の中にある力を操ることも出来ない。隙にはつけ込まれるし、いつも迷惑ばかりかける。強さなんて微塵も――。
「あのさぁ。自分は力がなくて弱いって思ってるのに、攻撃的な相手に立ち向かえるのかしら? 無理でしょう? ある程度の自信があるから、やろうと思った。でも、駄目だった。そして、考えている。別のやり方で立ち回った場合の奇跡を。ばっかじゃない? 人間の分際でどうにか出来る訳ないもん。カラスでもどうにも出来ない。どうにか出来るとしたら……強さと知識がある人くらいのもんよ。どう、分かった? 貴方がウジウジと悩んでいる理由は、しょーもないの。どうすれば良かったか? どうすれば、そんな気持ちにならずに済んだか? 己の立場を弁えること以外にないわね」
そんな彼女の言葉は、僕に強くのしかかる。僕が、知らず知らずの内に傲慢になっていたらしいという指摘が的確で言い返す言葉もなかった。




