猛炎のカーテン
―アリア ドミニク劇場 夜―
体格や年齢の差をものともせず、執事はエメの上に圧しかかり続けた。エメが、拘束から逃れようと暴れているにも関わらずだ。
「どうして……っ、こんなに体が重いんですかっ!? まさか、重量化の魔法を自分自身に……」
「えぇ、その通りです」
「馬鹿なっ! その老体で、重量化の魔法は負担になる行為ですよ! 自死と同じです」
「そんなことは分かっています。重量化の魔法は使用時間とその重さによって、魔力の消費が異なることくらい。この体では、あまりに苦しい。ですが、貴方はいずれにせよ私を殺すつもりなのでしょう? ならば、その殺され方くらい選ばせて頂きますよ」
彼は、命を投げ捨ててでもあの少年を救う覚悟だった。極端な魔力の消費は、常識的に考えて命に関わる。老体であれば、そのリスクはさらに高まるだろう。
「あんた何を言ってんだ! そんな――」
「何をしているのですかっ!? こんな所にいてはいけません。私は、彼と共に地獄へと参ります。ですから、どうかっ……坊ちゃんを!」
探偵の言葉に対して食い気味に、彼は苦しそうに叫んだ。
「どんな理由があっても、命を奪うなんて許されないっ! あんたのやろうとしていることは、人として間違ってる!」
「正しさだけで、この場を乗り切れるとは思いません。このままでは、坊ちゃんまで……間違いだらけでも、私はっ! 執事として、忠誠を誓った方々に尽くすだけです!」
「ハハハハハハ……だったら、望み通りにして差し上げますよ! ただし、私を殺す前に貴方を殺し、間抜けな弟も消し炭にしてあげますけどねぇぇえ!?」
そんな彼の決意を嘲笑い、エメは紅く燃ゆる瞳を煌々とさせた。その瞬間、舞台上の至る所に猛炎が出現した。
(熱いっ!?)
どういう仕組みになっているのか分からないが、一番前にいる私にはその炎の熱さがリアルに感じられた。こういう場面で使われるのだから、最大限安全に配慮されているのだろう。
「父の開発しようとした魔術で、全て消し炭にする! 資料も金も人も建物も! 何も残してなるものか! 探偵さんまで殺してしまうことになるのは大変心外ですが……捨て身の者がいるのなら、こだわりは一つくらい捨てなければなりませんよね」
「くぅぅ……急いでっ! 坊ちゃんを……」
炎が物を燃やし尽くす音と臭い。選択肢など、そこにないことは明らかだ。
そして、その臨場感を体感していた時だった。
(ん……?)
柔らかくて温かいものが、足元をくぐり抜けていくのを感じた。それは、毛のような感覚だった。何事かと急いで視線を足元へと向けたのだが、それらしきものは既にいなかった。
(あれ、隣にいた子がいない? 興味なかったから、やっぱり帰っちゃったのかな? でも、全然気付かなかった)
「――早くっ!」
その訴える声に、私は舞台上へと引き戻される。
「だけどっ、こんな……」
「このままでは全員……貴方の最善を尽くして下さいっ!」
探偵が葛藤する間にも、火の手はどんどん広がっていく。
「あぁ……あぁ! くそっ! くそがっ!」
晴れ切れぬ表情で、ついに探偵は判断を下した。それは、ぼんやりとしている少年を担いで部屋を出るという選択だった。このままでは、執事の言ったように全員死んでしまう。苦肉の決断だった。
「坊ちゃん……お元気で……」
開けっ放しのドアに一瞬だけ視線を向け、彼はそう言った。そして、そんな彼らの姿を真っ赤な炎のカーテンが覆い隠すのだった。




