表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第二十六章 黒猫はいずこ
421/768

猛炎のカーテン

―アリア ドミニク劇場 夜―

 体格や年齢の差をものともせず、執事はエメの上に圧しかかり続けた。エメが、拘束から逃れようと暴れているにも関わらずだ。


「どうして……っ、こんなに体が重いんですかっ!? まさか、重量化の魔法を自分自身に……」

「えぇ、その通りです」

「馬鹿なっ! その老体で、重量化の魔法は負担になる行為ですよ! 自死と同じです」

「そんなことは分かっています。重量化の魔法は使用時間とその重さによって、魔力の消費が異なることくらい。この体では、あまりに苦しい。ですが、貴方はいずれにせよ私を殺すつもりなのでしょう? ならば、その殺され方くらい選ばせて頂きますよ」


 彼は、命を投げ捨ててでもあの少年を救う覚悟だった。極端な魔力の消費は、常識的に考えて命に関わる。老体であれば、そのリスクはさらに高まるだろう。


「あんた何を言ってんだ! そんな――」

「何をしているのですかっ!? こんな所にいてはいけません。私は、彼と共に地獄へと参ります。ですから、どうかっ……坊ちゃんを!」


 探偵の言葉に対して食い気味に、彼は苦しそうに叫んだ。


「どんな理由があっても、命を奪うなんて許されないっ! あんたのやろうとしていることは、人として間違ってる!」

「正しさだけで、この場を乗り切れるとは思いません。このままでは、坊ちゃんまで……間違いだらけでも、私はっ! 執事として、忠誠を誓った方々に尽くすだけです!」

「ハハハハハハ……だったら、望み通りにして差し上げますよ! ただし、私を殺す前に貴方を殺し、間抜けな弟も消し炭にしてあげますけどねぇぇえ!?」


 そんな彼の決意を嘲笑い、エメは紅く燃ゆる瞳を煌々とさせた。その瞬間、舞台上の至る所に猛炎が出現した。


(熱いっ!?)


 どういう仕組みになっているのか分からないが、一番前にいる私にはその炎の熱さがリアルに感じられた。こういう場面で使われるのだから、最大限安全に配慮されているのだろう。


「父の開発しようとした魔術で、全て消し炭にする! 資料も金も人も建物も! 何も残してなるものか! 探偵さんまで殺してしまうことになるのは大変心外ですが……捨て身の者がいるのなら、こだわりは一つくらい捨てなければなりませんよね」

「くぅぅ……急いでっ! 坊ちゃんを……」


 炎が物を燃やし尽くす音と臭い。選択肢など、そこにないことは明らかだ。

 そして、その臨場感を体感していた時だった。


(ん……?)


 柔らかくて温かいものが、足元をくぐり抜けていくのを感じた。それは、毛のような感覚だった。何事かと急いで視線を足元へと向けたのだが、それらしきものは既にいなかった。


(あれ、隣にいた子がいない? 興味なかったから、やっぱり帰っちゃったのかな? でも、全然気付かなかった)


「――早くっ!」


 その訴える声に、私は舞台上へと引き戻される。


「だけどっ、こんな……」

「このままでは全員……貴方の最善を尽くして下さいっ!」


 探偵が葛藤する間にも、火の手はどんどん広がっていく。


「あぁ……あぁ! くそっ! くそがっ!」


 晴れ切れぬ表情で、ついに探偵は判断を下した。それは、ぼんやりとしている少年を担いで部屋を出るという選択だった。このままでは、執事の言ったように全員死んでしまう。苦肉の決断だった。


「坊ちゃん……お元気で……」


 開けっ放しのドアに一瞬だけ視線を向け、彼はそう言った。そして、そんな彼らの姿を真っ赤な炎のカーテンが覆い隠すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ