僕はエメ
―ドミニク劇場 夜―
僕は、舞台袖から最後の出番を待っていた。次の僕の出番は、探偵の推理が披露される場面だ。つまり、僕の演じるエメの悪行が暴かれる重要なシーンだ。
裏では、既に出番を終えた何人かの役者がお茶を飲んだりしながら身を休めていた。そんな彼らを見て、僕も早く解放されたいと思った。
(はぁ……次が一番大事なシーンだ。落ち着いて冷静に……)
「――探偵さん、実は貴方にお伝えしなければならないことがあるのですが」
「ん?」
「実は――」
執事が、探偵に耳打ちする。その言葉を聞いて、探偵は不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、これで確信が持てた。ちょっと全員を――」
「うわああああああああああっ!」
響く少年の絶叫、執事は一目散に駆け出した。
「おい、ちょっと!」
その背中を、探偵は慌てて追った。
すると、暗転してシーンが切り替わる。舞台上には、尻餅をついて青ざめる少年がいる。そこに、執事と探偵が走って現れる。
「あ、あぁ……」
それに気付いた少年は震えながら、一点を指差した。そこには、真っ黒になった人型の何かが倒れていた。
「くそが……くそったれがっ!」
探偵が怒りを込めて、そう叫んだ。
(よし、行くぞ)
これが僕の出て行く合図。僕は頬を強く叩き、エメとして急いでその場に駆け寄った。
「どうしたんです!? あぁっ……あれは、まさか……」
悲しみを瞳に浮かべ、手を口へと持っていく。悲劇に巻き込まれた者を、演じる為に。
「――もう演じなくていい、招待主さんよ」
探偵の冷ややかな目を、エメは一身に受けていた。
「え? な、なんのことでしょうか?」
わざとらしく、混乱して見せる。身に覚えない疑惑であると。
「そうだなぁ。じゃあ、一つ。お前は……どうして、あのおっさんが死んだのが魔術痕への知識がない体なのにも関わらず、猛炎の魔術だと知っていたんだ? 俺は、そのことを誰にも言っていないぞ」
「それは……あんなことになるなんて、それくらいしかないって……」
「炎に関する魔術は一つだけじゃない。猛炎の魔術よりも強大なものは沢山ある。なのに、それをぴったり当てるなんて不可思議にもほどがある。だが、知識がない体であってもそれを唯一当てる方法がある。それは、その術を使った張本人であることだ。だったら、分かる。どの魔術が使われたのか。魔術痕を見なくてもな。だって、使ってんだからよ」
探偵は惑わされる素振りも見せず、強く彼女を見据える。
「たった、それだけのことで犯人扱いですか? 私の中で、炎の魔術=猛炎の魔術だったんです。知識の差で、そう思われても仕方がなかったのかもしれませんが……」
「おかしいな? あの時、お前は魔術痕から明らかになったって言った。魔術痕からって、お前自身が言ったんだ。何故? 俺は一切言っていないのに、それを知っているとなると……知識があるとしか思えないんだが? お前自身の言った言葉の矛盾、どうやって説明してくれるんだ?」
探偵とエメの言い合いに、執事達の割り込む隙などなかった。固唾を呑んで、行く末を見守る。それくらいしか出来ることなどなかった。
「矛盾……」
追い詰められたエメは、突きつけられた言葉を受けとめるように目をゆっくりと閉じた。
「まぁだ、言い訳を続けるのか? なら――」
(声を低く……そう、ゴンザレスのようにして……)
「その必要はありませんよ。探偵さん」
頬を歪め、ゆっくりと目を開く。まるで、別人のように声を低くして。
「あ~あ、折角ここまで頑張ったというのに。詰めが甘かったようです。無口な女性を演じれば……良かったのでしょうかね? 情けないですねぇ」
そして、僕は仕掛けの施された衣装を破り捨てる。
「「「「おぉぉ……!」」」」
客席から、感嘆の声が上がる。どうやら、違和感なく女性として振舞ってきた彼の正体を示すことが出来たようだ。
「でも、私はとめられませんよ。いかなる手段を使ってでも……復讐を成しますから」
その言葉に合わせて、暗い音楽が鳴り始める。そして、エメは不気味なほど優しい視線を探偵達に向けたのだった。




