己の無力さ
―ドミニク劇場 夜―
談笑のシーンの途中、舞台は暗転する。次のシーンに向けて、周囲が慌しく動き出す。あっという間に準備が整った。そして、舞台上の半分だけが再び明るく照らされた。それと同時に、小鳥のさえずりが流される。時間帯は、朝に切り替わる。
そこには、椅子に座り目を瞑る探偵と執事の姿があった。その付近には、散乱した食器。そして――。
「んん……ふぁぁ……あれ? なんで俺は……?」
寝ぼけている探偵、彼は理解が追いついていなかった。さっきまで、執事と食事をしていたはずだったからだ。しかし、ふと壁に視線を向けた時、弾けるように意識は覚醒する。
「んな……っ! おばさん!?」
その先には、壁に磔にされる女性の姿があった。首、両手首、両足首に包丁が突き立てられて、そこから血がたらりと流れる。ぐったりとうな垂れて、血の気は微塵も感じさせない。探偵は急いで駆け寄ったが、やはり彼女は既に息絶えていた。これだけのことをされているのに、表情は穏やかなまま。
「死んでる……いや、殺されてるのか。あっ!」
今度は、探偵が椅子に座る執事の方へと駆け寄った。最悪の事態が、探偵の頭をよぎったからだ。
「良かった、生きてる……」
しかし、それは杞憂に終わった。執事は、ただ眠っているだけだった。揺さぶると、彼も目を覚ました。そして、同じように状況に困惑し、また起こってしまった事件に胸を痛めた。
「――どうして、このようなことにっ!」
執事は、感情を露に拳を壁に叩きつける。
「多分だが、俺達は眠らされたんだろうな。じゃなきゃ、食事中に揃いも揃って眠りこけるなんてことはないだろうよ」
「しかし、この料理を作ったのは私です! 皆様を眠らせるようなものは、一切入れておりません!」
「本当に一人だけで作ったのか?」
「はい、皆様のお手を煩わせる訳にはなりませんから。ここにある食材を使って、私一人で料理を作り、皆様に提供させて頂きました」
「ってことは! 他の奴らも!」
探偵は部屋を慌てて飛び出して、隣へと駆け込んだ。それにより、もう半分の舞台も明るく照らされる。舞台では、少年と娘と女性が倒れていた。彼らは眠らされてはいたが、生きていた。
「坊ちゃんも娘さんも、ご友人の女性も無事で何よりでした。ですが……」
「起こってしまったこと、それはもう変えられねぇ。ちゃんと状況を整理しよう。その為にも、真実はちゃんと明らかにしねぇとな。残酷でも、それが現実なんだからよ」
「不甲斐ない、これほどまでに己の無力さを実感した日はありませんっ……」
それだけ言うと、執事は静かに目を瞑った。
「同感だな」
探偵の声は、酷く沈んでいた。




